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宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
中外日報社「宗教文化講座」
第22回「涙骨賞」受賞論文 奨励賞

黎明の京都学派

- その哲学的発足点の探究 -

浦井聡氏
文献
Cohen, Hermann (1922[1902]) System der Philosophie 1. Teil. Logik der reinen Erkenntnis. Berlin: Cassirer.

Hegel, G. W. F. (1992) Gesammelte Werke, Bd. 20: Enzyklopädie der philosophischen Wissenschaften im Grundrisse (1830). Unter Mitarbeit von Udo Rameil hrsg. von Wolfgang Bonsiepen und Hans-Christian Lucas. Hamburg: Felix Meiner.

Heisig, James W., Kasulis, Thomas P., and Maraldo, John C. (eds.) (2011) Japanese Philosophy: A Sourcebook. Honolulu: University of Hawaii Press.

Hui, Yuk. (2024) Post Europe. Falmouth: Urbanomic/ New York: Sequence Press.

Ohashi, Ryôsuke (Hg.) (2014) Die Philosophie der Kyôto-Schule: Texte und Einführung. 3. Aufl. Freiburg i. Br.: Karl Alber.

Rickert, Heinrich (1904) Der Gegenstand der Erkenntnis, Tübingen und Leipzig: J. C. B. Mohr.

Windelband, Wilhelm (1907[1884]) Präludien: Aufsätze und Reden zur Einführung in die Philosophie, 3. Aufl. Tübingen: J. C. B. Mohr.

石川興二(1963) 「ドイツ生活を共にした田邊元先生の思い出」『田辺元全集 第二巻月報』筑摩書房

浦井聡(2021) 「⽥辺元⽂献⽬録⼆〇〇九−⼆〇⼆〇」、杉村靖彦・田口茂・竹花洋佑編『渦動する象徴─田辺哲学のダイナミクス』晃洋書房

浦井聡(2024) 『田辺元─社会的現実と救済の哲学』京都大学学術出版会

浦井聡(2025) 「初期田辺元の「我の形而上学」における意識一般について」、廖欽彬・張政遠・福家崇洋編『甦る田辺哲学─田辺元生誕140周年記念論集』法政大学出版局

大橋良介(2025) 『ドイツ観念論と京都学派の哲学─ケルン大学・テュービンゲン大学講義録』ミネルヴァ書房

紀平正美(1907) 「実在論の問題」『哲学雑誌』第242号

クライン F. (1959) 遠山啓監訳『高い立場からみた初等数学1』商工出版社

桑木厳翼(1900) 『哲学概論』東京専門学校出版部

高坂正顕(1967) 『高坂正顕著作集』第三巻、理想社

下村寅太郎(1970) 『遭逢の人』南窓社

竹田篤司(2001) 『物語「京都学派」』中央公論新社

得能文(1927) 『最究境者』大村書店

戸坂潤(1966a) 『戸坂潤全集』第二巻、勁草書房

戸坂潤(1966b) 『戸坂潤全集』第三巻、勁草書房

戸坂潤(1967) 『戸坂潤全集』第五巻、勁草書房

西谷啓治(1987) 『西谷啓治著作集』第十巻、創文社

西田幾多郎(1907) 「実在に就いて」『哲学雑誌』第241号

日高明(2008/2009) 「田辺元関係研究文献目録一九九一〜二〇〇八」『求真』第15-16号

藤田正勝(2024) 『日本哲学入門』講談社

満原健(2024) 「西田幾多郎『善の研究』と田辺元「措定判断に就いて」」『求真』第29号

山本舜(2022a) 「初期田辺の「直観と反省」の数理哲学」『西田哲学会年報』第19号

山本舜(2022b) 「極限概念と自覚―西田幾多郎と田辺元の岐路」『哲学研究』第607号

米田俊秀(1991) 「文献目録」、武内義範・武藤一雄・辻村公一編『田辺元 思想と回想』筑摩書房


  1. Springerの日本哲学の論文集シリーズ、Tetsugaku Companions to Japanese Philosophy は京都学派では西田と上田の巻が2022年に最初に出版され、その後に京都学派に関するものはまだない。西谷については、Journal of East Asian Philosophy で2024年に西谷特集が組まれている。これらが海外研究者の関心の方向性を示している。
  2. 西田は絶対無を「絶対に無なると共に絶対に有なるもの」(N5:451)とし、西谷は空を「有と自己同一をなすもの」(西谷1987:109)と言う。
  3. 田辺は絶対無を彫琢する過程を、カントの「反省判断の普遍〔…〕がヘーゲルの研究に由って、絶対無としての普遍と解せられるようになった」(T3:79)と表現している。すなわちその過程は1910年代の田辺における絶対者が、『カントの目的論』(1924)で「反省判断の普遍」と具体化され、これがさらに『ヘーゲル哲学と弁証法』でヘーゲルの絶対精神および『論理学』における有と無の解釈を経て絶対無となった、というものである。田辺が絶対無を彫琢する過程については浦井(2024:34-55)および浦井(2025)も参照されたい。
  4. 田辺研究が『カントの目的論』(1924)以降に集中し、1910年代の著作について詳しく論じる研究が無いに等しいのは、2020年までの国内外の二次文献の目録(米田(1991)、日高(2008/2009)、浦井(2021))が示す通りである。2021年以降も状況は大きく変わらないが、1910年代の田辺の思想を論じるものとして先に挙げた浦井(2025)以外に、山本(2022a)、山本(2022b)、満原(2024)がある。この三論考も純粋経験に触れてはいるが、いずれも本稿の主題である田辺による西田の純粋経験論(自発自展する純粋経験)の継承の意義とその敷衍(体系哲学化)を扱うものではない。
  5. 例えば藤田正勝の「西田・田辺を中心にして、その学問的・人格的影響を受けた者たちが相互に影響しあい、密接な関わりのなかで形成した知的なネットワーク」(藤田2024:29)や竹田篤司の「西田、田辺の両者、ないし、その何れかから教えを受けた者たちの特定の一群」(竹田2001:306)などがそうである。
  6. N19:525-6, 533, 547など。実際、西田は田辺の『数理哲学研究』に寄せた序文で「著者の如き特別の素養あるものにしてはじめて此の如き書を成し得る」(N13:195/T2:363)と田辺の数理哲学を高く評価している。
  7. 西田が勧めた中でも特に、1790年代のフィヒテの著作、リッケルト「認識論の二途」(1909)、ナトルプ『一般心理学』(1912)は初期田辺で重要な役割を担っている。
  8. 西田は『善の研究』では純粋経験を多用したが、この語は『自覚に於ける直観と反省』以降は徐々に使われなくなり、代わりに直観の語が用いられるようになる。だが、直観が「主客の未だ分れない、知るものと知られるものと一つである、現実その儘な、不断進行の意識」(N2:15)と規定されるように、両者の〈主客未分の直接所与〉という位置づけは同じである。
  9. 現在も続く、東京(帝国)大学の哲学会の学会誌。1887年創刊。西田・田辺も最初はこの雑誌に投稿することでキャリア形成を進めた。なお、1887-92年は『哲学会雑誌』の名で発刊されている。
  10. 桑木と得能の文章は『哲学雑誌』の記事の単行本への再録から引用した。なお、原著と再録で文章に変更はない。
  11. 「実在に就て」は『善の研究』第二編の原型であり、西田は第二編が同書の「骨子というべきもの」(N1:3)と言う。その点で、同書の中核はすでに1907年に世に問われていた。
  12. 「唯一の者」とは『善の研究』の鍵概念「統一的或者」(西田1907:23/N1:65等)を指し、これは後年の西田が好んで用いる語では「一般者」である。だが、用語の混乱を避けるため、以下では「唯一の者」に統一して論じる。
  13. ドイツ語の判断(Urteil)はUr-teil、つまりursprüngliche Teilung(根源分割)だというのが§166の趣旨である。
  14. 純粋経験と直観の関係については注8を参照。
  15. 初期田辺の意識一般について詳しくは浦井(2025)を参照。
  16. 詳しくは浦井(2024)を参照されたい。

「墨跡付き仏像カレンダー」の製造販売は2025年版をもって終了いたしました。
長らくご愛顧を賜りありがとうございました。(2025.10.1)
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