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宗教上のタブーと言論・表現の自由 ― 表現者は自制、配慮を(2/2ページ)

専修大文学部教授 山田健太氏

2015年2月18日

そしてもう一つ、表現行為の中には国の文化・歴史・社会的背景から、暴力行為として認定し、表現の自由の枠外においているものがあるということだ。もちろん日本でも、脅迫状は手紙という表現行為であっても、暴力行為として刑事罰の対象だし、破壊活動防止法でも特定の喧伝行為を暴力行為として取り締まりの対象としている。しかし日本の大原則は、戦前・戦争中に治安維持法や新聞紙条例など個別法で表現の自由の例外をいっぱい作り、その結果、言論人を捕まえ思想・言論統一を行ったという苦い経験から、「例外」を設けず全ての表現行為は憲法の表現の自由の枠内で考えるということだ。憲法の表現条項で、「但し書き」を持たず、絶対的表現の自由を保障している国は極めて珍しい。

それに対し、第2次世界大戦後の大陸ヨーロッパでは、ナチの再来を許さないとの基本的考え方をもとに、人種差別思想や表現行為を暴力行為として社会から排除することで、民主主義社会の維持・発展を図ってきた。「闘う民主主義思想」と呼ばれるもので、むしろ多くの国で受け入れられ国連でも条約としてルール化されている。いま日本で、ヘイトスピーチを取り締まる法律がないのはおかしいと、欧州を中心とする国際社会から非難されているのは、この国情の違いが根底にある。

こうした表現と暴力の境目は、当然、国や社会によって異なるわけで、イスラム国家の場合、預言者ムハンマドをはじめ宗教への冒涜は、まぎれもない暴力行為であって表現行為の範疇には含まれない。だからこそ、日本でも『悪魔の詩』の翻訳をした大学教員が刺殺されたように、暴力とみなされる表現には宗教的罰則で対抗するというようなことが生まれることになる。このように、国によって許されざる表現行為が異なるのが一般的であり、それが時に他国から見ると「人権侵害国家」との烙印を押されることにもつながってくる。

かつて、その国のレゾンデートルが明確で、しかも他国との価値観の違いをそれほど気にしなくてもよかった時代と異なり、今日のメディア状況は、インターネットや衛星放送で、表現は瞬時に世界中に伝わり、共有される時代になった。そうした中で、先に述べたように大きなくくりでは同じ精神的自由であっても、その表れ方が異なる宗教の自由と表現の自由を共存させるためには、違った価値観の社会のことを表現者が「配慮」することが必要な時代になったともいえる。

それは国家による刑事罰の規制ではなく、むしろ表現者自身による社会的責任の発露としての「自制」の問題として捉える必要があろう。その点で日本は、絶対的な自由を憲法上保障する代わり、マスメディアによる自己規制によって社会的に許されうる表現内容や手法の限界を示し、それがある種の社会規範として働いてきた経緯がある。時に、大手メディアの行き過ぎた自粛やタブーとして批判の対象になってきたこれらの行為は、むしろ日本型表現の自由モデルの核心でもあったわけである。その前提には、日本が全国津々浦々まで新聞や放送が行き届いているという、世界にまれな「マスメディア大国」の存在があるわけだが、インターネット社会であるがゆえに改めて、こうしたマスメディアの有用性や公共性を見直す必要があるのではなかろうか。

不寛容が大きな社会的課題として浮上しているいま、ジャーナリズム(ジャーナリスト)も宗教(人)も社会に範を示す公共的サービスに従事する専門職として、その力量が試されていると思う。その努力を怠ることはすなわち、自由の範囲決めを公権力に委ねることを意味するのであって、それは宗教の自由にとっても表現の自由においても、最悪の結果をもたらすことに違いない。その意味でも、メディア自身が「悪意の挑発」を行うこともまた同様に避けねばならないことであって、昨今の嫌韓・反中キャンペーンや、ムハンマド風刺画の再録本が、当該者の差別や蔑視の助長につながる可能性がないのか、単なる商業主義ではなく報ずることの意義と覚悟があるのかを厳しく問いたい。

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