奈良・平安彫刻の文化史的研究…井上一稔著

本文800㌻を超える大著の目指すところについて、著者は「奈良時代後半から平安時代初期の仏像彫刻を、美術史的な位置づけを通して、それぞれの像が生み出された思想や心性を明らかにすることが目的である」と冒頭に述べている。仏像彫刻の魅力が仏教思想を源泉とするところにあるのは言うまでもない。仏教伝来とともに多様な仏像が造られ、神仏習合思想や天台・真言の教え、さらに密教思想の展開なども作用して、そこから多様な仏教造形が誕生した。
「文化史的研究」とした理由は、文化史学で言う人間が生み出したものの総体だけでなく、文化を生み出した人間精神の活動一切を含むものとして研究視座を定めたところにある旨を述べている。
論文は全24章に序章と終章を加えたもので、第1章は鑑真和上を巡る考察から始まる。鑑真和上像を戒律と文化という独自の視角から捉え「和上の死は凡から聖への転換を意味し、その死を契機として造像された肖像には同様の意図が籠められていた」と指摘。それはまた、霊験と感応を期待されていた高僧像が負うべき役割でもあったという。
著者の関心は、戒律思想の仏像、華厳思想の観音、仏像への期待、天台・真言の造形、さらに新しい造形の生成へと展開していく。
定価2万4200円、法藏館(電話075・343・0458)刊。