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第21回「涙骨賞」受賞論文 本賞

泡沫の小集団・信徳舎の活動とその特質

藤井麻央氏

一. はじめに

本稿は、大正期から昭和初期に瀬戸内地方を中心に活動した信徳舎を取り上げ、その集団と活動にみられる特質を、史資料に基づき明らかにするものである。近代宗教史における教団の外に広がる活動の中でも、これまで知られていない超宗派の小集団の事例を提供することで、大正期から昭和初期における宗教史の周縁の動向を探索したい。

>図一 信徳講習会とみられる西光寺本堂を背景にした集合写真(西光寺蔵):三列目中央には、照峰馨山と高橋正雄の姿がある。図一 信徳講習会とみられる西光寺本堂を背景にした集合写真(西光寺蔵):三列目中央には、照峰馨山と高橋正雄の姿がある。

信徳舎とは、愛媛県松山市の真宗僧侶であった本城徹心を起点に、金光教の高橋正雄と臨済宗の照峰馨山が主要な役割を果たしながら、雑誌『信徳』(後に『正受』と改題)の出版や、集会等を行った活動体である(図一)。しかし、本論にて詳述するように、信徳舎に明確な活動目的やメンバーシップがあったわけではなく、帰属する宗教の枠を越えた集まりの輪郭は曖昧であり捉えにくい。そこで差し当たり、信徳舎を教宗派や寺院・教会といったフォーマルな宗教団体とは異なる、インフォーマルな小集団と位置付けておく。

近代宗教史研究においては、著名な宗教者や思想家を中心とする雑誌や集会の活動による集団が注目され、その活動を詳述する成果が提出されている。一例を挙げれば、清沢満之を中心とする浩々洞と雑誌『精神界』11一例をあげれば、山本伸裕『「精神主義」は誰の思想か』法蔵館、2011年。、近角常観を中心する求道学舎と雑誌『求道』22岩田文昭『近代仏教と青年―近角常観とその時代』岩波書店、2014年、碧海寿広『近代仏教のなかの真宗―近角常観と求道者たち』法蔵館、2014年。、内村鑑三を中心とする無教会キリスト教と『聖書之研究』33赤江達也『「紙上の教会」と日本近代―無教会キリスト教の歴史社会学』岩波書店、2013年。、綱島梁川を中心とする「回覧集」とそのコミュニティ44古荘匡義『綱島梁川の宗教哲学と実践』法蔵館、2022年。等である。これらの活動は活字メディアを活用しながら、教団や寺院・教会の外に広がる点において、信徳舎の活動との類似性が見出せる。一方、信徳舎は、宗教史上ほとんど知られていない人物たちによる無名の活動である。そのため、上記の著名な宗教者らを中心とした集団と活動に対して、研究的価値は低いという見方があるかもしれない。しかし、泡沫にも似た小集団に、時代のオピニオンリーダーの思想に基づく運動史等とは異なる、戦後の日常思想史の道筋を跡付けようとした社会学者・天野正子の言葉55天野正子『「つきあい」の戦後史―サークル・ネットワークの拓く地平』吉川弘文館、2005年、3頁。天野における小集団やサークルとは「メンバーの自発性に支えられた小集団として、メンバーが互いの表情を見分けることのできる対面型の相互行為の場(「つきあい」)であり、拘束のゆるい非定型的な集まり」を指す。この定義は本稿が扱う信徳舎を説明する上で有用であると考えているが、天野ら社会学者が蓄積してきたサークル概念を戦前の宗教周辺の小集団に適用していくことについては、別途検討が必要であると考えている。に示唆を受けながら、信徳舎という無名の活動にみられる欲求や行動のエネルギーから、大正期から昭和初期の宗教史の周縁を垣間見るのが本稿の狙いである。

以下の構成としては、二節において、信徳舎の主要人物である本城徹心、高橋正雄、照峰馨山の経歴を明らかにする。その中で、彼らに関する資料や著作の状況についても言及したい。続く三節にて、真宗、金光教、臨済宗と異なる宗教に帰属する三人がどのように出会い、なぜ強い連帯感を持ちながら活動を共にしたのかを分析する。四節では、信徳舎の活動を明らかにする。そして最後に、前節までに明らかにした信徳舎の特質を以て、近代宗教史におけるその位置づけを考察する。以下、史資料の旧仮名遣い等は改めた。

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