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「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」に寄せて(1/2ページ)

ゴッホ研究者 正田倫顕氏

2018年4月11日
しょうだ・ともあき氏=1977年生まれ。東京大教養学部卒。ベルギー・ルーヴァン大に留学。所属学会は美術史学会、日本宗教学会、日仏美術学会、日本基督教学会。著書に『ゴッホと〈聖なるもの〉』(新教出版社、2017年6月)。
ゴッホとジャポニスム

「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」はゴッホ(1853~90)とジャポニスムの関係に焦点を絞った展覧会である。ゴッホが浮世絵からどれほど大きな感動を覚え、いかに影響を受けたかを見渡せるようになっている。ゴッホの作品を広重や北斎などの浮世絵と比較することで、観者は主に三つのことに気づくよう企図されている。

一つ目はモチーフの引用や類似性である。たとえば《花魁》では、3点の浮世絵から三つのモチーフ(花魁、鶴、蛙)が引用され組み合わされているが、そのことが関連作品の並列展示によって一目で分かる。また《蝶とけし》や《ヤママユガ》といった作品は、花や虫など自然の片隅にある小さないのちをモチーフにしており、浮世絵の花鳥画との類似性が指摘される。さらに広重が描いた雪景色や山岳風景も、ゴッホの主題と漠然と対応していることが示される。

二つ目は光や色彩の表現方法である。影の省略や平坦な色面が浮世絵に由来していることが提示される。たとえば有名な《寝室》(F482/JH1608)においては、ベッドや椅子に伴うはずの一切の影が省かれ、室内は明るい色面で構成されている。ゴッホ自身が手紙554/705で、作品の構想について述べているとおりである。「影や投げかけられた影は取り除かれ、浮世絵のように平坦で混じりけのない色合いで彩られる」。《アルルの公園の入り口》でも、同じように人物には影がない。ゴッホは本来あるべき影を作為的に省いていくが、この衝動については手紙559/717でも言及されている。「色で仕事をしようという関心をもって例えばジャワ島に行けば、多くのものが新しく見えるだろうことは間違いない。おまけにもっと強烈な太陽の下でもっと明るいそれらの国では、固有の影ならびに物や人による影は全く別様になる。そして非常に色づいているので、ただ単純に影を取り除きたくなるのだ。これは既にここで起こっていることだ」。また《寝室》や《アルルの公園の入り口》のみならず、多くの作品で物や人が黒い輪郭線で囲まれていることにも、浮世絵の影響を見て取れる。

三つ目は特徴的な構図である。ゴッホは浮世絵を知ったことで、視点が変化したことが分かる。《麦畑》や《サント=マリーの海》では、地平線や水平線を画面上部に位置づけ、前景と中景を大きく描いている。さらには《蝶の舞う庭の片隅》や《草むらの中の幹》(F676/JH1970)のように、地平線を画面から排除し、地面をクローズアップした作品まで見られるようになる。また浮世絵の大胆な遠近表現はゴッホの構図に大きな影響を与え、画面を上下に貫通する木が度々描かれる。《種まく人》や《木の幹》《草むらの中の幹》などで、天地を貫く大木が前景に描かれており、広重や北斎の顕著な影響を指摘できる。

以上をまとめると、モチーフ、光と色彩、構図という三つの点で、ゴッホの作品はジャポニスムの影響を受けていたということになる。観者はそうした視座から浮世絵とゴッホの作品を見比べ、ゴッホに対する日本美術の影響を理解していく。もちろん展覧会後半には「日本人によるゴッホ巡礼」という興味深いテーマも設定されているが、芳名録や写真の展示が中心になっているため、ここでは触れない。

これですべてか?

さて企画者のテーマに沿って一通りの作品を見終わったあとに、何かしらの物足りなさを感じたのは私一人ではあるまい。ゴッホとジャポニスムの関係はよく理解できたものの、ゴッホの芸術は果たしてそれだけのものなのだろうか。ゴッホの絵画を表面的になぞることはできたが、ここで得られたものは所詮、周辺的な情報と付帯条件の羅列にすぎないのではないか。こうした疑問を禁じえないのだ。

展覧会場のキャプションや説明書き、カタログを読んでも、ゴッホの作品を語り尽くしたとは到底思えないし、彼の絵画を掌中に把握しきったとも考えられない。一度意味を確定したとしても、次に見たときには違う見方が立ち現われてくる。ゴッホの作品にはそうした変幻する光彩がある。

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