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2024宗教文化講座

「達磨宗」についての新見解 ― 中世禅の再考≪3≫(2/2ページ)

鶴見大仏教文化研究所客員研究員 古瀬珠水氏

2018年10月17日

さて、ここで問題になるのは、栄西撰『興禅護国論』(1198)における「達磨宗」についてである。『興禅護国論』には「或人妄りに禅宗を称して、名て達磨宗と曰う。しかも自ら云く、行無く修無く、本より煩悩無く、元より是れ菩提。是の故に、事戒を用いず、事行を用いず、只応に偃臥を用うべし。何ぞ労して念仏を修し、舎利を供し、長斎節食せんやと、云々」とある。ここには能忍の名は無いが、栄西と同時期に禅宗を弘めた人物は能忍であることから、「無行無修の堕落した集団が能忍の達磨宗」とされてきた。

筆者は前記の記述の中に「何ぞ労して念仏を修し、舎利を供し、長斎節食せんや」(どうして苦労して念仏・舎利供養・長斎節食などする必要などあろうか)という一言があるため、六祖以下都合6人の禅宗祖師の舎利供養をしていた三宝寺には当たらないと主張してきた。しかし、『天台一宗超過達磨章』における激烈な禅宗批判の表現を見るとき、『興禅護国論』の叙述も必ずしも真実をありのままに表現しているわけではないことがわかるのである。

因みに『天台一宗超過達磨章』における禅宗に対する記述の一部を以下に挙げてみよう。

・「達磨は狂惑の宗なり。天台は正真宗なり。又、達磨は愚痴の宗なり。天台は智者の宗なり。又、達磨は苟も内外の見を生じる宗なり。天台は妙へに教内教外の見を超ゆる宗なり。又、達磨は生死の識の宗なり。天台は生死の識を超ゆる宗なり。又、達磨は外道の典籍を敬ひ、内道の仏法を破する宗なり。天台は外道の典籍を破し、仏法の経論を敬ふ宗なり。又、達磨は国を亡ずる宗なり。天台は国を守る宗なり。又、達磨は地獄に墮る宗なり。天台は果海に遊ぶ宗なり。是の故に達磨宗は瓦礫よりも賤し。天台宗は日月より貴し。」(4丁左―5丁右)
・「予(=良助)、大覚寺の法皇の御前にして此の如く奏しかば、簾外に異朝の補陀落山の長老一山、坂東の那須の長老高峰、鎮西横嶽の方丈南浦と云て盲たる狗有り。面々に耳を驚かし、各々の心を惑はして、或いは嘷(いか)めり。」(5丁右)

以上のように天台宗と禅宗(=達磨宗)を対立的に扱い、天台宗に比べ禅宗は如何に劣った宗派であるかをかなり大げさに述べるのである。

今、『興禅護国論』を読み返すならば、栄西は天台宗の禅宗批判をかわすために天台寄りの態度をとって著している。栄西は最澄将来の北宗禅を中心とした天台禅を認め、禅宗として独立した南宗禅に批判を加えるのである。これは、『天台一宗超過達磨章』の良助と同様の態度である。

しかし、そもそも南宗禅は、天台・真言などの伝統仏教のような修行手法は取らない。南宗禅は元々仏性を持った(または「仏性にある」)衆生が頓悟において見性することを目的とするものであり、天台・真言のような長く複雑な修行や厳しい戒律を取り入れないのである。それを「無行無修の堕落した集団」と言い放つのは、伝統仏教から見た皮肉交じりの表現と捉えるべきであろう。そして、そのような新しく宋朝から伝来した禅宗を卑下して「達磨宗」と呼ぶのも天台宗の慣例であったと推察できる。

以上のように考えれば、『興禅護国論』の前記「達磨宗」に関する記述は、能忍のことを指していると考えても不思議ではない。但し、その記述の内容は極めて穿った見方であり、能忍が自身を「達磨宗」と称していたかもしれないが、それは個別的な宗派名というわけではなく「達磨大師の教えを重んじる」の意味であったと考えられる。

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