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『日蓮遺文解題集成』刊行の意義(2/2ページ)

日興門流興風談所所員 山上弘道氏

2024年9月17日 09時23分

これら偽撰遺文について、まず特筆しておきたいのは、これらの中には単独ではなく、互いに関連させながら、複数一群をなして作成されている場合があることである。その詳細は拙稿「日蓮仮託偽撰遺文の類型的分類試論」(『興風』34号)に述べているので参照願うとして、ここではその大まかな状況を紹介したいと思う。

《偽撰遺文群の実例》

まず、日蓮滅後比叡山で松林房政海が創唱した、「止観勝法華説」を批判した偽撰遺文『立正観抄』『同送状』(『最蓮房御返事』)を中心とし、その対告者である最蓮房の実在を示すために作成されたと思われる、『生死一大事血脈抄』『最蓮房御返事』『得受職人功徳法門抄』など、最蓮房関連の偽撰遺文が15編ある。

次に身延山久遠寺3世日進編集の『金綱集』に関連する偽撰遺文群である。まず『金綱集』に収録される偽撰遺文として『法華真言勝劣事』があり、次に『金綱集』の文章を依用して作成された、いわゆる「『金綱集』底本系遺文」といわれる偽撰遺文として、『真言見聞』『真言天台勝劣事』『日本真言宗事』『本門戒体抄』『念仏無間地獄抄』『法華初心成仏抄』『聖愚問答抄』『一代五時継図』『釈迦一代五時継図』などがある。

次に中古天台文献を依用し、凡夫為本・凡仏逆転の思想が展開される偽撰遺文群として、『三世諸仏総勘文教相廃立』を中心に、『十如是事』『万法一如抄』『一念三千法門』『読誦法華用心抄』『総在一念抄』『授職潅頂口伝抄』などがある。

次に京都本国寺から鎌倉妙法寺で活躍した学僧円明日澄(1441~1510)関連の偽撰遺文群である。その主著『法華啓運抄』などに引用されるのを文献的初出とし、かつ諸状況から日澄周辺で偽撰されたと推定されるものとして、『御義口伝』『御講聞書』『船守弥三郎許御書』『日朗御譲状』『四条金吾殿御返事』(定遺番号347)など、実に24編があげられる。

次に富士門流で成立したと思われる偽撰遺文群として、『日蓮一期弘法付属書』『身延山付属書』『法華本門宗血脈相承事』『具騰本種正法実義本迹勝劣正伝』『産湯相承事』『御本尊七箇之相承』『教化弘教七箇口決大事』などがある。その特色はすべて日蓮から日興に相伝されたという、相伝物であることである。

《いつ・どこで・何の目的で》

以上簡略に関連する偽撰遺文群を紹介したが、このように偽撰遺文を詳細に分析し、また関連するものにもしっかりと目を配り、さらにそれらの伝来状況などをも注視していくと、それがいつ頃、どの辺で、何の目的で作成されたかなどを、およそながら見当を付けうるケースが、少なからず見られるのである。

最後にそのことを念頭に置き、『法華本門宗要抄』とそれに関連する偽撰遺文群を紹介しよう。なお同抄は『定遺』では、全体の半分ほどの文章が省略されており、その全文は『解題集成』、および興風談所から提供されている「御書システム」(同ホームページ参照)にて翻刻紹介されている。

『法華本門宗要抄』の偽撰たる決定的根拠は、北条時宗を6カ所にわたり「法光寺殿」としていることで、時宗がその法号を無学祖元から授与されたのは、死去する1284(弘安7)年4月4日当日で、日蓮滅後のことである。また日蓮の出家を1239(延応元)年18歳とするが、日蓮自筆の『授決円多羅義集唐決上』写本奥に、「是聖房生年十七歳」(是聖房は日蓮出家時の房号)とあることと相違する。また日蓮晩年に曼荼羅本尊が授与されている美濃房天目、同じく晩年に日蓮の遣いとして行動している越後房日弁を、本迹勝劣を主張する邪義の輩として、執拗かつ強烈に批判していることも重大な疑点である。

さてその成立時期であるが、西山本門寺開山日代の『法華宗要集事』(1360=延文5年)に、「一向聖作に非ず偽書也」と記しているのでそれ以前、およそ1300年代の中頃の成立かと思われる。制作の主目的は、右述のように本迹一致の立場から、本迹勝劣義、とりわけ天目・日弁の迹門無得道義を批判することであり、その点身延山久遠寺2世日向が、天目と激しい論争を繰り広げていること、また同3世日進の『日蓮聖人御弘通次第』が、日蓮の出家を18歳としていること、などを勘合すると、一致派である身延周辺で作成された可能性が高いと判断されるのである。

なお、同じく北条時宗を「法光寺殿」としている偽撰遺文に『教行証御書』『波木井殿御書』があり、これらは一連の偽撰遺文群としてよく、ことに『波木井殿御書』では、身延山を本寺として参詣すべしと述べており、この一群の身延周辺成立説を補完していよう。

《「日蓮偽撰遺文学」の確立》

さて、このように見てくると偽撰遺文は、日蓮の思想が、滅後各門下によってどのように受けとめられ、そして変貌していくかを知る上で、さらにそのことを含めた、日蓮門下史そのものを考究する上で、極めて重要な資料であることがわかるであろう。今後そうした観点から「日蓮偽撰遺文学」として、私なりに研究の歩を進めていきたいと思っている。

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