私たちが作る豊かな森(1/2ページ)
京都大化学研究所特定助教・法華宗(真門流)宗学研究所員 峰尾恵人氏
日本は木の文化の国であり、世界最古の木造建造物である法隆寺西院伽藍や、式年造替が繰り返されてきた伊勢神宮、世界最大の木造軸組建造物である東大寺大仏殿などはその象徴である。多くの社殿や堂塔は伝統的な工法や様式で建てられ、日々の祭事や仏事には木製品や漆器が用いられる。
この木の文化は持続可能だろうか。伊勢神宮の遷宮用材の供給地は伊勢、三河、美濃、木曽と歴史的に変遷し、大正期にこの用材供給の持続不可能性が認識され、長期の森林計画が策定された。それ以来、神宮宮域林で森林の育成が進んでおり、2013年の遷宮では用材の一部が宮域林から供給された。遷宮後の用材は全国の神社に分配され、造営や修理に利用される。つまり、神社界では、本宗である伊勢神宮の定期的な社殿造替を前提に用材自給体制が整えられてきた。ただこれは神社本庁系列の神社に限ったことである。
林業・木材業界では、直径や一辺が30㌢以上の木材を大径材と呼ぶ。寺社建築には、高品質な大径材が必要となり、格の高い寺社の建物には直径が60㌢程度の顕著な大径材が使われていることが珍しくない。大径材の育成には、通常の林業の育成期間や人の一生よりも長い期間が必要となる。
文化財建造物修理の関係者の間では、1970年代には大径材の入手難への危惧が顕在化していた。筆者の調べでは、全国の本山寺院の柱には、江戸初期までヒノキ、江戸初期以降はケヤキ、大正から台湾ヒノキと鉄筋コンクリートという樹種や材料の変遷が見受けられる。近年では一般寺院で木造への回帰傾向が見受けられるものの、台湾ヒノキは禁伐となり、大径材の入手難が理由で木造での建替えを断念した寺院も存在する。この変遷から、これまでは国内の針葉樹から広葉樹、海外の木材へと調達範囲の拡大で大径材が供給されてきたことがわかる。しかし、現状では今後長期的に大径材を供給しうる森林資源は地球上に存在しない。
筆者が本山寺院の関係者を対象に行った調査では、大半の回答者は半永久的な堂の利用を前提としており、建替えの計画はほとんど存在しなかった。ただ歴史的には大規模な社殿や堂塔の造営や建替は、権力者の台頭、火災、震災、戦災といった予測不能な要因でなされており、寺社建築用材が今後大量に必要となる可能性は確実にある。2019年に首里城が痛ましくも焼失したことはまだ記憶に新しい。不測の自体により建物が失われ、再建に必要な木材の入手が経済的に難しいだけでなく、最悪の場合には、物理的に存在しない可能性すらありうる。
京都の東本願寺御影堂を明治期に造営した際、虹梁用の大材がどうしても見つからず、埋もれ木を阿賀野川から引き揚げ補強して用いたことは、上記の可能性が現実になり得たことを示唆する。また、明治神宮や靖国神社には台湾材が用いられたが、このことは台湾併合というまれな出来事が国家的な宗教建築の物質的な基礎となったことを示すように思われる。
それでは、大径材の確保策をどう考えたらよいだろうか。生産に数十年から百年以上を要する大径材の生産を市場のみに任せるのは危険だ。天然林採取から長期的育成への転換によって供給量は減り、価格は高くなると予想される。では、政府に頼ればよいだろうか。文化庁では、国宝や重要文化財の修理等に必要となる植物性資材の供給と研修のための「ふるさと文化財の森システム推進事業」が実施されている。しかし、国宝や重要文化財だけを修理していれば文化が守られるわけではないし、これらに指定されていない寺社建築は無数に存在する。




