いのちを守るために 原発賠償関西訴訟判決で(9月9日付)
東京電力福島第1原発の事故で今なお、15年以上も避難を強いられている被害者たちが国と東電を相手取った全国の損害賠償訴訟のしんがり「原発賠償関西訴訟」が2日、判決を迎えた。
東電の責任は法律上当然に認められ、焦点は膨大な予算をつぎ込み国策として原発を推進してきた国の責任だったが、大阪地裁はそれを退けた。2022年6月に最高裁が4上告審で国の責任を否定して以来、各地裁で続く原告住民主張を退ける流れと同様だ。
法廷で13年間、過酷な被害の事実を立証し続けた79世帯221人の原告の代表らは、わずか5分で理由説明もない言い渡しに「最高裁判決を忖度、コピーするだけなら何のための三審制か。司法の独立は?」と批判し、メディアでも問題視する論調が見えた。
原告や幅広い訴訟支援者の中には宗教者も多く、それはいのちを最も重い価値とする信仰の立場から、それを蔑ろにする原発に根本的に反対するからだ。事故後、ローマ教皇の声明も含め、様々な教団や宗教者グループからも「脱原発」の見解が表明された。
関西訴訟支援者のキリスト者女性は以前、教会での被害者の講演で現実を知った。
事故の悲惨で過酷な結果に接した原発関連業者がその被害者に「申し訳ない」と謝罪した逸話を聞いて「赦しを求め生き方を問い直すその人に、悲しみ苦悩する者と共にいるイエスに倣う姿を見た。かつて無知無頓着だった自分も『イエスはどこに立っておられるか』と自問し」、被害者に寄り添うようになったという。
そして、単なる賠償にとどまらず将来も危険なものからいのちを守るために闘う普通の市民たる原告たち、その「小さくされた者たち」を共に支える弁護団、支援者の姿に「この法廷こそが教会のような場」と話す。
判決後の報告集会では批判以上に、実質敗訴にもかかわらず「今後も諦めずに頑張る。各地の原発で私たちのような被害者を生み出さないためにも」との原告らの明るい声が満ちた。
その一人、兵庫県で避難生活を送る女性は福島県の帰還困難区域に菩提寺がある。
事故後に行く先々でひどい差別に遭い、訴訟中もバッシングを受け続けたが「原発に屈して子や孫の世代から『あなた方は何をしていたんだ』と言われるようなことがあってはならない。こんな困難な暗い世の中でばかにされても、将来に向けて何とか火をともして進みたい」との姿勢を示した。
そこに、虐げられた者たちの中で決してへこたれない常不軽菩薩の姿が重なる。






