見え隠れする兆候 危険への感度を鈍らせるな(10月21日付)
「ブロークンウィンドウ(割れ窓)理論」は1980年代に注目され始め、90年代には実際の社会政策に応用された。車の窓ガラスを割られたままで放置したことで、3日後には車全体が滅茶苦茶にされたという実験を基にしている。この理論の妥当性には賛否両論があるが、小さな犯罪を見逃すのが通例になると、大きな犯罪が起こるようになるといった考えは、ある程度は支持されている。
「ハインリッヒの法則」は逆の方向からの警告で、主に労働災害において言われる。一つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の「ヒヤリ・ハット」が存在するという考えである。損害保険会社勤務のハインリッヒが1929年に発表した。今も重大事故が起こると、この法則に言及がなされる。
この二つは視点は異なるが、あまり好ましくない出来事を放置すると、積もり積もって悲惨な事態が生じるという警告として理解できる。現代の日本にも放置すべきでないことはあまたあるが、国が戦争に至る兆候が少しでも現れたら、鈍感であってはなるまい。
小泉進次郎防衛相は、7月に核政策について「タブーなき検討の必要性」を訴えた。これまで堅持されてきた「非核三原則」の見直しの示唆と受け止める人もいる。
第2次世界大戦後の日本では「二度と戦争をしてはならない」「核の悲劇を繰り返してはならない」は、多くの国民の強い願いであったはずである。2024年には日本被団協がノーベル平和賞を受賞した。日本に非核の立場を堅持し世界の非核化を目指す動きがあることは、国際的には高く評価されている証拠である。だが日本の政治の動きはどうか。
少しずつ状況が悪化するのに気付かないと致命的な事態になることに「ゆでガエルの喩え」がよく使われる。カエルをいきなり熱湯に入れると驚いて逃げ出すが、水に入れて少しずつ水温を上げていくと逃げ出さず、死んでしまうという話である。科学的には否定されており、カエルは少しの水温の変化にも反応するという。ただ寓話的には時々使われている。
仮にそのようなのんびりとしたカエルがいたとして、現在の日本の状況を静観している人は、それを笑えるであろうか。今はもはや戦前であるという人もいる。次の戦争の兆しを感じた人の発言と言える。そこまでの事態ではないとしても、いくつかあしき兆候が見え隠れするのは事実である。
冒頭で紹介した理論と法則は、いずれも実際に起こったことを踏まえている。あしき事態への兆しへの感覚が鈍ることだけは避けねばなるまい。





