講の再興 寺院活性化の手掛かりに(10月16日付)
宗派により、法座や座談会など表現の違いがあるが、檀信徒が教えを語り合う場を設けている寺院がある。活発なところはそれが講組織という形を取っている。かつて一定規模の寺院には、たいてい信者組織としての講があった。これが御詠歌の練習や伝承の担い手ともなって、寺院の活動を支えていた。
仏教系新宗教はこうした信者共同体を出発点に持つものも少なくない。それらは法座や座談会が活動の要になっている。
伝統仏教は、寺院の活性化のために、そうした新仏教教団の手法を参考にしてはどうだろうか。僧侶や寺族だけが頑張るのではなく、檀信徒にも積極的に寺院の活動に関わってもらうことで、寺院だけでなく仏法の興隆にもつながるはずだ。
法座や座談会は、信者がお互いの信心を深める場となるだけではなく、時にピアカウンセリングの場ともなる。僧侶は職業意識からつい話を挟みたくなるところであろうが、そこはぐっと抑えて、要所要所で良き助言役を務めればよい。その場では、檀信徒が主人公なのである。人数が少なくても、檀信徒の集いの場があれば、寺院の雰囲気は生き生きとしてくるだろう。
信者たちが自ら足を運んで行う相互交流には、オンラインでは決して得られない体験がある。だからこそ、新仏教は法座や座談会に力を入れている。ただ近年では、専業主婦が減少し、共稼ぎ世帯が増えて、担い手の多くだった女性がなかなか参加しにくくなった上、皆の前で自分の悩みを打ち明けるなど、プライベートな話をあまりしたがらないという傾向が見られる。また、信者家庭の信仰継承が進まず、総体的に参加者が減少している事実も否定できない。そのため運営にもいろいろと知恵が絞られている。
例えば、女子会のように気楽に参加できる雰囲気づくりに努めたり、特に何も発言しなくても、その場に居るだけで安心感が得られるよう心掛けたりすることなどがそうである。また組織を緩やかな形にして、新しい人が参加しやすいように工夫したりしている。そのほか、男女別に分けていた社会人の会合を合同にしたことで、働き盛りの男女の参加率が上がったという話も聞く。
こうした工夫はほかの新宗教やキリスト教の教会でも行われている。そもそも講組織は伝統仏教寺院の多くにあった信者共同体なのだから、いま一度歴史に学び直すことで、現代社会に即した講はどのようなものが可能なのか、それぞれの寺院にあったモデルをつくることができるように思う。





