「緑のポスト」 宗教者による悲嘆ケア(10月14日付)
亡き人への手紙を受け付ける「緑のポスト」が京都府舞鶴市の真言宗醍醐派大聖寺に設置されたのは2019年。今では年間千通近くが全国から寄せられ、この秋彼岸にも焚き上げ供養された。
さい銭箱代わりに設置した古ポストに20年前、切手のない手紙が入っており、「お空の上で元気に遊んでいますか」と亡くなった子に宛てた若い母親の手紙であったことがきっかけだった。
メディアの報道などで投函はどんどん増え、寺で便箋と封筒も用意している松尾眞弘住職は「気持ちを込め手紙を書くことで、自分の心の整理にもつなげてもらえれば」と、遺族の悲嘆に寄り添う意義を説く。手紙は開封せずに本堂で保管し、この世とあの世が最も近づく春秋の彼岸に供養する。
ポストの利用者が自由に気持ちを書き残す「緑のノート」も置いており、「人のぬくもりに触れた」「日々感謝しながら生きていきたいと思った」という心の内がつづられたり、幼児の拙い字で「おじいちゃんへの手がみをとどけにきました」との書き込みもあった。
死者との関係性を見直すというグリーフケアだが、供養に参列する人も多い。「父が病死して……」「私も同じ病気で夫を亡くしました」と対話が芽生え、子供を失った親同士の交流も生まれており、住職は「文字や会話から人の温かみを感じて、自分だけではないという気付きや勇気を持ち帰られる方も多い」と話す。
身近な故人に向けて思いを伝える仕組みはほかにも様々にあり、東日本大震災被災地の岩手県陸前高田市・慈恩寺には同様の「漂流ポスト」、そして同県大槌町の「風の電話」が有名だ。
震災犠牲者の遺族だけでなく全国から悲嘆を抱えた人々が数多く訪れる「風の電話」は海外にまで大きな反響を呼び、ポーランドや米国など十数カ国にいろんな形で広がっている。
葬儀や法要、ミサなどによって亡くなった人を弔い、その故人との関わりを通じて同時に残された人の悲しみを癒やすのは、もちろん宗教者の大きな役割だ。大聖寺のように手紙を供養し、その悲嘆の現場に僧侶が登場して「つなぎ役」をすることにはことさら重い意味がある。
「ポスト」のような各地の多様な取り組みは宗教者に大いに参考になるが、「風の電話」の設置者である佐々木格さんがかつて、ある僧侶たちの研修会で講演した際、参加者から「うちの寺にも電話を置きましょうか」という反応があった。佐々木さんは答えた。「いやお坊さん、あなた自身が電話になってください」と。






