防災の日 官民の機能分担を考える(9月2日付)
この夏は熊本地震に続き、千葉県や北陸地方の豪雨水害など、立て続けに大きな災害が続いた。日本は、自然の恵みが豊かであると同時に、その自然が時として人間に牙をむくこともある国だ。災害を免れない地域など、どこにもないことは有史以来分かりきったことである。天災は忘れた頃にやってくると述べたのは、寺田寅彦といわれる。
彼の随筆「天災と国防」は1934(昭和9)年に書かれた。自然災害を「特殊な天然の敵」と形容するなど戦時色も感じさせられるが、防災体制を確固たるものにすることは広い意味で国防力になると述べているのは先見の明だ。ライフラインや各種交通網が縦横に走る文明社会では、同じ災害でも昔とは比べものにならないほど被害が増大することも、彼は見抜いていた。
残念ながら、日本では今なお、国としての防災対応は不十分で遅れがちである。熊本地震の被災地でも、避難所では1カ月たつのに段ボールの仕切りに段ボールベッドの状態の所が見られる。避難所は小中学校の体育館が指定されているが、熊本県はクーラー設置率が全国平均を下回り、約2割と極めて低い。10年前も大地震を経験しているのに、一体どうしたことだろうか。一方、東京都は9割を超え、突出して高い。中央と地方の防災格差は歴然としている。
また熊本地震では、政府は被災世帯に生活福祉資金として10万円を貸し付けるというが、これは何ともけちくさい。そのような資金であれば、もっと手厚い支援金を一律給付するべきところであろう。
そもそも災害支援に際しては、行政は基盤となる部分をカバーするものであるが、インフラの修復だけでなく、人々の生活面での資金的援助も重要である。こればかりは国が責任を持つべきところだ。一方、民間のNGOやボランティア団体は、そのフットワークの軽さを生かして細やかな支援を担当する。つまり行政はハード面を手厚くし、民間はソフト面で活動するわけである。同じく自然災害が多い台湾では、出動が素早い。政府が直ちに避難所を用意する一方で、民間組織がテントを備えつけ炊き出し活動を開始する(この時に仏教系NGOが顕著な活動を展開している)。
防災庁が11月にも発足し、日本の防災行政の司令塔になるという。これを機に防災体制について官民の機能分担がより明確になり、行政がハード面で基盤的な役割を果たし、民間はその上でソフトな支援を行う仕組みがより有機的に構築されていくことを期待したい。





