時空を超える慰霊 アイヌ文化継承の重みに粛然
京都府立大教授 川瀬貴也氏
先日、所用で札幌に行ったとき、少し足を延ばして白老町にある「ウポポイ(民族共生象徴空間)」を初めて訪問した。ご存じの方も多いと思うが簡単に紹介すると、「ウポポイ」は「国立アイヌ民族博物館」を中心とし、アイヌ文化の保存と振興を目的とした施設群の名称で、2020年7月に開館したので、今年でちょうど6周年を迎えたことになる。ちなみに「ウポポイ」とはアイヌ語で「(大勢で)歌う」という意味だそうだ。
この施設の中心である国立アイヌ民族博物館は展示物の多さはもちろんのこと、3〜5分程度の映像資料(ビデオ)も多くあり、見応え充分だった。
さて、この博物館から坂を上って1㌔ほど先の太平洋が見える丘まで行くと、「慰霊施設(シンヌラッパ ウシ)」がある(ここもウポポイの一部である)。ここは明治以降、人類学などの学術研究のために集められたアイヌの遺骨や副葬品を一旦大学などから集めて、直ちに返還することができないものを保管し、慰霊を行う施設と位置づけられている。「納骨堂(墓所)」はコンクリート打ちっぱなしで、壁面にはアイヌモチーフの浮き彫りが刻まれている(現在約1300体を超える遺骨が収納されているとのこと)。その隣には、実際の慰霊儀礼を行う施設もある。施設の横にある巨大なモニュメントは、アイヌの神具イクパスイがモチーフなのだそうだ。ここを訪れる人は残念ながら少なかったが、宗教研究者としては訪れるべき施設と思った。
この「慰霊施設」設立の基底には、世界中で問題となっている「帝国主義による簒奪物の返還運動」があることは言うまでもない。そもそも「ウポポイ」の建設自体も、先住民族の権利を認め保護する潮流によりできたものである。そのこと自体は言祝ぐべきことであろう。ただ、この遺骨返還の問題は、「受け入れ体制が整うまで保管」と施設は謳うが、それを再び受け入れるべきアイヌ共同体(アイヌコタン)を探すのがもはや困難である、という現実である。恐らく、この施設は今後も「帰郷」できない遺骨や副葬品を長年保管する役目を担うことになるであろう。そのことを思うと、粛然とせざるを得ない。
一つ思い出話を付け足したい。今から25年ほど前、韓国で「東学農民戦争(日清戦争の導火線となったいわゆる「東学党の乱」)」をテーマとしたシンポジウムがあり、私も参加したのだが、学術報告とは別にアイヌの活動家の方が来ていて、「日本帝国により犠牲になった者の合同慰霊祭」というものを執り行っていた(私も酒の回し飲みなどの儀礼に参加した)。つまりこの慰霊祭自体、アイヌも朝鮮の民衆(東学農民軍も日本軍に殺害されている)も当時の帝国主義の犠牲者として連帯しよう、という呼び掛けの一環であったのだ。実はウポポイの慰霊施設を見ながら、私は韓国で初めて見たアイヌ式の慰霊儀式を思い出していた。そもそも慰霊とは時空を超えた営みだと思うが、国籍や立場を超える慰霊というものの重要さを改めて考えた次第である。






