刊行物アーカイブ化 教団の歩みを確実に残す(8月28日付)
宗教団体から発信される情報もオンラインによるものが圧倒的な量を占める時代になった。宗教団体も自分たちの活動を信者向け、あるいは対外的に発信する手段としてSNS利用が増えている。新聞など活字メディアから遠ざかった若い世代に情報を伝えるには、SNSが極めて有効な手段になってきているのは間違いない。
だが、教団の公式的な見解だけでは分からないような、それぞれの教団の活動内容や目指しているものがある。教団活動は多くの信者の思いや日々の実践の上に成り立っている。それらの一端に接することができる媒体として、教団が刊行する新聞や雑誌類がある。
かつて新宗教をはじめ現代宗教の研究者にとって、教団刊行物を調べるのは王道であった。ところが、デジタル時代になり、オンラインで手軽に得られる情報だけで、教団の活動に言及する傾向が研究者の間でも強まっている。
オンライン情報への過度の依存は、研究者だけでなく教団内の人にとっても好ましいことではない。オンライン情報の少なからぬ部分は短期間で書き換えられたり、時に消滅したりする。それに比べこれまでの歩みを確認できる確かな活字媒体での記録は、今こそ重視されるべきだろう。
国会図書館や宗教系大学の図書館には、教団刊行物の一部が収集されている。また宗教情報リサーチセンター(RIRC)は所蔵する教団刊行物のリストの大半をオンラインで一般公開している。
活字媒体で発信された情報は、デジタル化しアーカイブとして保管することが可能だ。信者向け、一般向けなどの区分を設けて公開方法を変えることもできる。
書籍なら開架書棚、保管書棚などとして区分して保管される。これはいったん保管場所を決めると移動が大変である。しかしデジタル化した保管資料は、保管カテゴリーの変更はずっと容易になる。これを参照し、自らの教団の歩みを確認したり、信者の声の蓄積を知ったりすることができる。外部への情報公開も、デジタルアーカイブ構築の工夫次第である。
日本には過去を意図的に消し去ろうとする人たちが出てきた。確固たる資料を葬り、SNSで根拠の薄いあるいはフェイクの情報を流す人もいる。このような歴史無視の姿勢がろくな結果を招かないことは歴史が証明している。
宗教団体の目指すところはそれぞれに異なるが、どんな歩みをしてきたか、それを確実に保管しておくことを大事にすべき時代になった。そのためのツールが比較的容易に使え、システムを構築できるようになった利点を、十分生かす方策を考えてはどうだろう。







