総力戦の時代 真の抑止力とは何か(8月19日付)
現代の戦争は、いったん始めてしまうとなかなか止められなくなる傾向がある。その最たる事例が、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻だ。すでに4年5カ月にも及び、しかもまだ出口が見えない状況である。ロシア側は特別軍事作戦だと糊塗しているが、どう見ても侵略戦争である。恐ろしいのはロシアが核兵器保有国だということである。
この状況は日本人には既視感があるはずだ。1931年9月の満州事変以降、日本は中国に侵攻した。宣戦布告をしていないので、日本は戦争と言わず事変だと言い続けた。次第に戦線拡大して泥沼化する中、今度は対英米戦争(太平洋戦争)まで始めてしまった。結果、45年8月に原子爆弾を落とされて無条件降伏するまで約15年間も戦争状態が続いた。
現代では戦争はいったん始まれば、いつ終止符を打つか、極めて不透明な状況になってしまう。その間も戦いがずるずると続き、国土は攻撃されて荒廃し、国民生活も窮乏していく。相手国も同じ状況に陥り、どちらかが全面降伏するまで際限なく継続していく恐れがある。当事者が核保有国である場合、一抹の不安がよぎってしまう。
8月9日の長崎原爆の日、鈴木史朗・長崎市長が平和祈念式典で「平和宣言」を発表したが、その中で「核抑止論」をきっぱりと否定した。戦争という極限状況の中で自国の存亡を懸けた究極の判断を迫られたとき、それでもなお「核のボタン」を押さないと誰が言い切れるのだろうか、と。
現代の戦争は国民全体を巻き込む総力戦となる。戦争それ自体が極限状況を招くのである。国土が直接攻撃に遭い、国民は絶えず命の危険にさらされる。それだけではない。輸入は停止し、物資は欠乏し、店頭から食料品が消えていく。飢餓にひんする者も続出するだろう。
「核のボタン」は敵国だけでなく、自国ひいては世界全体を破壊し尽くしてしまうものだ。しかし、それ以前の段階で、現代の戦争がすでに国民生活を破壊する極限状況となることを、我々は知らなければならない。
昨年、台湾有事では集団的自衛権の行使もあり得るという首相発言が物議をかもした。一方、日本の食料自給率が昨年度は過去最低ラインになったことが先頃明らかにされた。このようなありさまでは間違っても武力行使に踏み切れないはずだ。
戦闘が起これば、直ちに国民の生活も生命も危機に陥る。戦争を始めることができないということ自体が、戦争それ自体の抑止力になるはずである。







