多数の戦争を目にした元NHKヨーロッパ総局長 髙尾潤氏(64)
取材者として長年世界を見てきた中で、国家と宗教が結び付き、戦争や対立が正当化される場面を多く目にしてきたという。とりわけロシアではロシア正教会がウクライナ侵攻を積極的に支持し、その正当性を訴えた。不安や分断が広がる時代における宗教者の活躍に期待を寄せる。
伊賀明
ロシアの大統領・プーチン氏にとっての歴史は政治の道具という見解がありますが、ロシア正教も道具なのでしょうか。
髙尾 プーチン氏が心からロシア正教の信者かどうかは、本人しか分かりません。しかし、強いロシアを復活させようとするプーチン氏にとって、ロシア正教が「欠かせない柱」だったことは間違いないでしょう。
ソビエト崩壊後、1990年代のロシアは混乱を極めていました。西側を模倣しましたが、期待通りにはいきませんでした。国家の弱体化と低迷する経済、社会の混乱という〝屈辱の時代〟です。共産主義に代わる強い理念が求められました。
2000年に大統領に就任したプーチン氏は、帝政ロシア時代の「正教・専制・国民性」という国家理念を採用しました。フランス革命後に欧州で広がったリベラリズムからロシアを守るため、ロシアの特殊性を重視した防波堤でした。ロシアの歴史を強く意識するプーチン氏が考え抜いた政策だと思います。
正教をロシアの中心に据えることは、ウクライナ侵攻を正当化する論理にもつながっています。ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人はいずれもキエフ・ルーシに起源を持つ同一の文明共同体であり、不可分であるとして、ウクライナ問題をロシアの内政問題だと主張しています。ロシア正教は歴史と同様、国家の統合と政権の正統性を支える重要な政治資源として機能していると考えられます。
宗教が利用されないために、宗教者には何が求められるでしょうか。
髙尾 プーチン政権が過去の理念を復活させたことで、帝政時代と今のロシアの歴史は地続きだといえますが、日本も同じです。日本の歴史の中には今日に生かすことのできる多様な遺産があります。どの歴史を選択し、未来へつなぐのかが我々に問われていると思います。
宗教者に求められるのは、先の大戦への反省も踏まえ、特定の歴史や宗教が政治権力に利用されることへの警鐘を鳴らし続けることではないでしょうか。そして、国家や民族の立場を超え、人間の尊厳と平和という普遍的な価値を社会に問い続けることだと思います。…
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