PR
購読試読
中外日報社ロゴ 中外日報社ロゴ
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
中外日報社「宗教文化講座」

社寺拝観制度の成り立ちと変遷 ― 拝観料、明治初頭の博覧会に起源(2/2ページ)

相国寺史編纂室研究員 藤田和敏氏

2014年5月2日

1898(明治31)年以降、内務省令第6号による拝観制度は第2次世界大戦の終結まで継続された。戦前の社寺拝観は公権力の管理下に置かれていたのであり、拝観を許可していた地方行政は社寺に対する支援ばかりを意図していた訳ではなかった。

そのことを示す一例として、1934(昭和9)年に京都市が導入を進めた京都拝観社寺組合共通拝観券について述べておきたい。

京都市が定めた「京都社寺共通拝観券取扱手続」には次のような取り決めがある。

①拝観券の種類を50銭券12枚綴りと1円券24枚綴りとする(第2条)。

②各社寺における拝観券の所要枚数は個別に定める(第3条)。

③拝観券による社寺の収入は拝観券1枚につき35銭とする(第4条)。

④拝観券の発売は日本旅行協会京都出張所・市内乗入郊外電鉄会社・市内旅館業組合に委託する(第9条)。

この規約に基づき、京都市は鹿苑寺に組合への加入を勧告したが、鹿苑寺は次の理由から不参加を回答した。

①拝観組合に加入すれば、一般拝観料が3割減少する結果となる。

②社寺門外において土産物的に社寺拝観券を販売することは、神聖観念・信仰観念をもって参拝すべき社寺として寒心に堪えない。

鹿苑寺による②の回答からは、拝観に対する行政と社寺との認識の相違が如実に表れたと評価できる。1898(明治31)年内務省令第6号が、社寺来訪者の目的を参拝と観覧の2種類に分けて、後者を目的とする者に対してのみ料金の徴収を認めたことからも明らかなように、行政は拝観を宗教性が存在しない単なる文化財の鑑賞行為と見なした。

それに対して鹿苑寺は、宗教財である仏像・庭園などを拝観することは宗教行為に他ならないと考え、京都拝観社寺組合への加入を拒否したのである。

この論点は、昭和60年代に導入が進められた古都保存協力税をめぐって京都市と京都仏教会が展開した論争においても、両者によって繰り返し主張された。

以上に述べた拝観制度の変遷は、従来検討されてこなかった問題である。近現代の仏教教団制度については未解明の点があまりにも多い。今後さらなる調査研究を進めていかなければならないと考える。

なお筆者は、相国寺教化活動委員会から5月に刊行が予定されている『宗門と宗教法人を考える―明治以降の臨済宗と相国寺派』で、明治初期の廃仏毀釈・上知令から昭和期の古都税反対運動に至るまでの臨済宗と相国寺派の歴史的展開について検討している。

《宗教とAI⑤》AI時代の人間性の発露 木村武史氏7月16日

AIに意識やこころ認めるのは錯覚か 生成AIを含むAI技術開発は社会の様々な領域に影響を及ぼしつつある。技術開発の上流で実験的に行なわれている技術開発が下流の一般社会に浸…

《宗教とAI④》予測不可能性と創造の主体 冲永宜司氏7月3日

人間による意味主体的な働き 人間にはAIに代替できない性質があるかという問いには、どんなにAIが発達しても人間の役割や尊厳は失われない、という期待が込められている。そこに…

月輪大師俊芿律師800年御遠忌 西谷功氏6月24日

泉涌寺の創建 平安時代後期の日本社会は、院政の開始や武士勢力の台頭、荘園制の進展によって、律令国家以来の秩序が大きく揺らぐ時代であった。中央政治の再編と地方支配の変容が進…

やまゆり園事件10年 いのちと共生考える契機に(7月15日付)

社説7月17日

皇室典範改正案 国民の総意はどこに(7月10日付)

社説7月15日

戦犯者の叫び 戦争の不合理を繰り返すな(7月8日付)

社説7月10日
「墨跡付き仏像カレンダー」の製造販売は2025年版をもって終了いたしました。
長らくご愛顧を賜りありがとうございました。(2025.10.1)
中外日報社Twitter 中外日報社Facebook
このエントリーをはてなブックマークに追加