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愛知・西光寺「一行一筆結縁経」が語ること(2/2ページ)

多摩美術大美術学部教授 青木淳氏

2021年6月28日 09時49分

面白いことに、ここに名を連ねた法然と栄西には、東大寺大勧進職をめぐってこんな話が残されている。『源平盛衰記』(巻25)によると、法然は初め後白河院より東大寺の復興大勧進職を薦められるが、「源空、山門の交衆を止めて林泉の幽居を占むる事、偏へに念仏修行の為なり、若し大勧進の職に候はば、定めて劇務萬端にして自行成就せし」とその職に就くことを固辞し、弟子の中から当時、醍醐寺にあった重源を勧めたという。

また、室町時代に書かれた虎関師錬の『紙衣謄』によると、栄西が東大寺の大勧進職として初めに推挙されたものの、「東大寺を造りし時、葉上僧正(栄西)を大勧進とせんとす、此の時葉上云く、我は早く年よりてのち、我が眞言の弟子に俊乗房と云ふ者あり、彼の仁 左様のさいかくを為す可きなり」と言ってやはり重源を推したという。

従来、こうした経緯は伝承のうちなるものとされてきたが、西光寺結縁経において法然と栄西が連署しているのも不思議なことである。これまでは語られることのなかった二人の接点は、重源も栄西も入宋経験者で、彼の地への憧憬を抱いていた法然にとっては良き語り相手であったかもしれない。また、ここに結縁する明恵は栄西から禅を学んだと伝えられ、栄西から明恵に茶樹が伝えられたとの伝承は広く知られている。

この結縁経に名を連ねた顕真や重源は、初期の法然伝である『醍醐本法然上人伝記』(13世紀中頃)以来語り継がれる「大原談義(問答)」(1186年)に列席している。『法然上人行状絵図』(14世紀前半)では、「大原談義」では法然が諸宗の学侶たちと対論したとされるが、そこに登場する顕真・重源・明遍・明恵・湛斅など多くの僧侶が結縁経にも登場することは当時の状況を考える上で極めて興味深い。また、西光寺結縁経には現在ではその教団自体が失われた禅宗の一派である「達磨宗」の能忍(生没年不詳)の名も見える。

もう一人、ここに名を連ねた人々の接点として、私はある人物を想い描いていた。意外に思われるかもしれないが、それは仏師の快慶である。私はかねてから快慶が製作した仏像の胎内に収められた納入品に関心を持っていた。今回は不思議なことに西光寺結縁経の中に快慶が執筆した部分が見つかった(伊東氏前掲書)。それは間違いなく快慶の署名として確認できた一行だった。

快慶が登場したのは、平安時代も終わりに近づいた頃、南都の復興事業においてのことだった。快慶は自ら“安阿弥陀仏”と号した浄土教の信仰者として知られ、重源の許にあっては東大寺や播磨浄土寺などの阿弥陀如来像を造立した。建久5(1194)年の頃に東大寺の勧進に関係して快慶が造立した京都・遣迎院阿弥陀如来像に納入された結縁交名には、「南无阿弥陀仏(重源)」「栄西」「(アン)阿弥陀仏(快慶)」の名が一群として書かれていて、これも西光寺結縁経の構成と合致する。(前出『遣迎院資料』)。師僧である重源の死後に快慶は、法然と感聖や信空などその門弟たちとの関係から岡山・東寿院の阿弥陀如来像を造像している。

中世は南都の焼亡にはじまり、無辜なる人々の生命もまた奪われてしまった。失われた魂を弔う鎮魂の想いは、念仏を唱え勧進に応じることへと連なったのだろう。『平家物語』が「諸行無常」と「盛者必衰のことわり」を語りえたのは、きっとこの大きな時代の転換点に生きたその筆者ならではのことではなかっただろうか。

この結縁経の向こうに見える僧たちの交流は、現代のように宗派や宗門という高い壁に閉ざされたものには思えない。ここに集う僧たちは皆、新しい時代の“祈り”の意味を真摯に模索していた人たちであると思う。私は美術の歴史をたどりながら、奇しくもここに揃った「一行一筆」結縁経が製作された背景にある“祈り”の時と、この真面目な宗教者たちのざわめきを、もう少し聞いていたいと思う。

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