三木清没後80年に寄せて(1/2ページ)
三木清研究会事務局長 室井美千博氏
「三木清氏(評論家)二十六日午後三時豊多摩拘置所で急性腎臓炎で死去した。享年四十九、兵庫県出身。三高講師を経て独仏に留学、帰朝後法大教授、著書に歴史哲学その他あり、告別式は三日午前十時から十一時まで杉並區高円寺四ノ五百三十九の自宅で行う」。
三木清の死が報じられた、昭和20年9月30日付『朝日新聞』の記事である。
敗戦後2カ月近くたっても治安維持法が生き続け、戦時下の体制が維持されていることが三木の獄死によって明らかとなった。GHQ司令部は10月4日に政治犯の即時釈放、思想警察の廃止などを通達、15日には治安維持法が廃止となった。三木の死がその一つの契機となったのである。
しかし、その死は志半ばの獄死として、残念という言葉では言い尽くせない。没後80年の「今」においても、その思いの上に受け止められるべきことは少なくない。
三木清自身に即していえば、第一に遺稿「親鸞」は未定稿に終わったというだけでなく、三木哲学の展開において、やはり未完の「構想力の論理」と同様に、あくまで三木哲学の途上のものであることを確認しておきたい。
「構想力の論理」に関しては、「全部で三巻になる予定であるが、これが完成すれば私の仕事にも多少基礎が出来ることになると思う」(「自己を中心に」昭和14年1月6日付『都新聞』)といい、さらには同年7月の『構想力の論理 第一』の「序」において「完全な体系的叙述はこの研究が最後に達したところから始まらねばならぬ」(昭和14年7月)とより明確に語っている。
「親鸞」については執筆しようとするころの唐木順三宛昭和18年8月26日付書簡に「種々彷徨したあげく、漸く自分のものらしいものができそうな希望を生じ、勉強を重ねています」といい、「彷徨したあげく」というように、そこに「行きついた」と思わせるような表現もあるが、「今後は多少自信の持てるものができそうな気がしています」と、「今度は」ではなく、「今後は」と言葉を継いで、むしろ「親鸞」を含めての「今後」への期待感が語られているようにみえる。
「構想力の論理」とあわせて、「親鸞」が書き上げられていれば、三木の新しい哲学世界が開かれていたのではないだろうか。
さて、志半ばの獄死において、考えたい今一つは、その死の悲惨さから形成される三木清像についてである。
「日本再建 平和の神田中靜壹之墓 左一〇〇米」という石柱と並んで、三木清の墓がある墓地の入口に「大東亜戦争 悲劇哲学者三木清之墓 西百五〇米」と記された案内石柱がある。
田中靜壹は、終戦直前、徹底抗戦派の青年将校が決起した宮城事件を東部軍管区司令官として鎮圧・解決した陸軍大将であり、三木とは同郷である。
田中大将は自らが思う勤めを果たした後の自決であったが、志半ばの三木の死は遺骸を引き取りにいった義兄東畑精一が「遺骸の状態があまりにひどいので、誰にも見せなかった」と話した(小林勇「父と娘」・『雨の日』)というほどの悲惨な獄死であった。
また、三木の生涯も自らが望んだ大学に留まることができず、在野の哲学者として生きざるを得なかったこと、私生活においても幼い子供を残しての喜美子夫人の死、さらに再婚したいと子夫人の死に遇うなど、平穏とは言いがたい。
案内石柱の「悲劇哲学者」の表記は、悲惨な獄死に対する深い悼みがこめられたものに違いない。しかし、それは三木の充実した人生を悲劇の、そして不幸な人生という色に染めてしまわないであろうか。また、どのような人生にせよ、外から「幸・不幸」が評されること自体はどうであろうか。
三木清は幸福について、次のように語っている。
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