三木清没後80年に寄せて(2/2ページ)
三木清研究会事務局長 室井美千博氏
「幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎすてるようにいつでも気楽にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である。しかし真の幸福は彼はこれを捨て去らないし捨て去ることもできない。彼の幸福は彼の生命と同じように 彼自身と一つのものである。この幸福をもって彼はあらゆる困難と闘うのである。幸福を武器として闘う者のみが斃れてもなお幸福である。」(「幸福について」『人生論ノート』)
斃れてもなお三木は幸福であったのかどうか、外からは見えないところである。
また、「成功について」において「成功と幸福とを、不成功と不幸とを同一視するようになって以来、人間は真の幸福が何であるかを理解し得なくなった」ともいう。『人生論ノート』は今でも読み継がれているロングセラーであるが、これはまた、「今」にこそ必要な視点であろう。
ところで、三木清の獄死は逃亡中の治安維持法違反容疑者・高倉テルを三木の疎開先埼玉県鷲宮町で一晩かくまったという容疑で、昭和20年3月28日に検挙されたことに起因する。
ここで問われるべきことは、国体の変革や私有財産制度の否定を目的とする結社を構成するものでも、そのような活動をするものではなく、また、過激な思想を持っていたわけでもない三木清が治安維持法に絡んで獄死に至った、その社会のあり方である。
治安維持法の制定に関しては、当時の治安状況からいろいろな議論があり得るにしても、治安維持法の拡大あるいは拡大解釈による運用については法の暴走であり、権力者による法の制定に内在する危険性が現れたものとして容認できないことはいうまでもない。
しかし、問題はそこに止まらない。このような当時の法の暴走を「今」において、批判することは「今」の常識からすれば一見たやすいことのようにみえる。
またしかし、このように批判する「私」たちがその当時の社会に生きていたとすれば、どのような態度、生き方ができていたであろうか。
昭和15年4月には戦時下の国家統制を目的とした宗教団体法が施行され、翌16年2月には治安維持法の大幅な改訂があった。戦時体制が宗教界においても強化されていく。浄土真宗における本意ならざる戦時教学もまた、その一端を担ったと言わざるを得ない。
このようなあるべき姿を維持しがたい戦時体制の強化にどう対峙するかという一方で、戦時体制の強化も戦時であるから当然だという了解もまた、生まれてくる。
田中美知太郎は、平沼内閣ができる(昭和14年1月)前後のころかとしながら、三木清の消息を次のように伝えている。
「[三木]は、しかし、官憲による逮捕よりも、暴民の私刑の方を恐れていたようにも思われる」(「わたくしの追憶」・『回想の三木清』)
これは印象であり、そのままを前提にすることはできないが、三木にこの懸念があったとしても不思議ではない。当時、国民すべてが「何も言えず、戦争へと駆り立てられた」というのではなかった。あるいはそれがそのように仕向けられた結果であったとしても、「戦時だから」と戦時体制に協力を強制し、「非国民」というような言葉でその方向に社会を動かしてきたのも少なからぬ「私」たちである。それが当時の常識であったといえよう。
そしてしかし、そのような戦時の常識を批判しようとする「私」たちの常識はどのようなものなのか。
近年、「私」たちは、新型コロナウイルスの蔓延を経験した。いわゆる戦時とは異なる様相ではあったが、「私」たちを動かしたのは同じような常識ではなかっただろうか。
特に当初、われ先にとワクチン接種予約の電話をかけ続けた「私」たちは、一方で感染者へは非難の眼差しと嫌がらせで追い込んで、感染したことさえ知られてはならないという状況をも作りだした。
周囲への配慮が昂じた同調圧力の働きであるが、「私」たちに都合が悪いものは排除せよという論理であり、「戦時」体制の最も有力な常識ではなかったか。
この傾向は、コロナ禍以後、さらに強くなってきているように思われる。相当に粘り強い見る眼を持たなければ太刀打ちできない「今」ではないだろうか。
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