『安芸国神名帳』奉唱の再興 神仏合同の世界平和祈願祭を契機として(2/2ページ)
速谷神社権禰宜 瀨戸一樹氏
しかし近年、広島大名誉教授の三浦正幸氏が、厳島神社の古代から中世の祭神31座の神名を記していると考えられる『伊都伎島大明神縁起抄』の末尾の神名帳(以下、「末尾の神名帳」)を考察し、安芸国神名帳の帳首の神々と半数以上が合致することを指摘した。その結果、帳首の神々は総社の祭神というよりはむしろ、その多くは厳島神社関係の祭神であったことが明らかとなった。安芸国神名帳の佐西郡の項に厳島神社に該当する神々の記載がないこととも合致する。
さて、現存する安芸国神名帳の写本は、芸藩通志本系統が大半だ。対して、大正12(1923)年の旧『広島県史』によって存在が明らかとなった写本がある。同書解説によると楽音寺本を地元の松浦氏が同じ大きさの紙(縦6寸4分=約19・4㌢、横4寸6分=約14㌢)に文字もそのままに書写した松浦本だ。旧県史では通志本と松浦本の異同を示し、松浦本の復元が可能だ。残念ながら、松浦本も現存しないが、大正時代の写本が三原市立図書館にある。松浦本も帳首に欠失が認められ、確かに安芸国神名帳は帳首が欠けていたことが証明された。通志の編者が加筆した部分も明らかとなり、神名帳の史料的価値を高めた。
注目すべきは、松浦本の表題「安芸国官社 一百八十社扣」だ。ただ実際に数えると神祇の数は193座である。180という数にどのような意味が込められていたのかは定かではないが、「一百八十社」は安芸国神名帳を象徴する神祇の数と認識されていたようだ。安芸国総社(多家神社に合祀)の明治3(1870)年「口上書」(『神武天皇聖蹟誌』所収)に「正月元日日出祭 往時の式風にて国中一百八十社神名読上の御神事に御座候」とあり、豊田神社以外でも神名帳奉唱の事例があったことが分かった。
総社での事例を示すこの史料に基づき、世界平和祈願祭では約150年ぶりに神名帳の奉唱を復興させることとなった。儀式の再構築については密青会が主に担当し、神名帳の欠落部分の復元を筆者が担当した。
本文の復元では、帳首の神々39座を、古代から中世において厳島神社で奉斎されていた神々31座と国衙周辺の神社8座が安芸国の鎮守神として特筆されていたと判断した。「帳首の神々」のうち厳島関係31座と「末尾の神名帳」31座を照合すると、末尾の神名帳の筆頭に記される「伊津伎島大明神」「中宮」「別若宮」の3座が「帳首の神々」には記載されていない。安芸国を代表する厳島神社の主要な祭神とみられるこの3座が安芸国神名帳に記載されないとは考えられず、神名、神階共に神名帳帳首の欠失「文字一二行」を補うに相応しい神祇と考え、復元神名帳に加筆した。帳首の神々に記載があるが末尾の神名帳に記載のない3座もそのまま残した。そのため、復元した安芸国神名帳では総神祇数196座とした。神名表記は芸藩通志本に拠った。
さて、復元作業中、密青会事務局長の田中明空氏が国文学研究資料館の国書データベースで正宗文庫(岡山県備前市)蔵本(甲・乙)を発見した。甲本は明治29(1896)年に松浦本を写したものであり、現物を調査測定したところ、縦19㌢、横14・3㌢で、旧県史の記載の大きさとほぼ同じ。この発見で帳面のサイズや体裁も楽音寺本に準じて復元することができた。当日は儀式の前半に神名帳士(僧侶)によって『安芸国神名帳』が奉唱され、祭場には安芸国の天神地祇が勧請され、総勢41人もの神職と僧侶で厳かな祭典が粛々と執り行われた。
青年神職・僧侶が神仏と真剣に向き合い、双方が知恵を出し合い検討を重ね、式次第を組み立てた。そして、途絶えていた『安芸国神名帳』奉唱を復興すべく史料を紐解き、各地の事例にもあたって儀式を再構築した。今後も神職・僧侶が手を取り合って、人々の不安に寄り添い、希望の祈りを神仏に届けていく過程で途絶えていた儀式が蘇り、新たな祭礼が創造されていくことだろう。これは、明治以前の神仏習合の状態への単純な復古ではなく、新しい時代における新たな神仏習合による祭祀のカタチと言える。
戦後80年の節目。『安芸国神名帳』を奉唱した祭場には八百万の神々や諸仏が来迎し、青年神職・僧侶と80人を超える一般参列者は神道・仏教の垣根を越えて「世界平和」を祈り、一心同体となった。「世界平和」の祈りは分断ではなく、融合をもたらしたのだ。
『安芸国神名帳』奉唱の再興 神仏合同の世界平和祈願祭を契機として 瀨戸一樹氏4月3日
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