PR
購読試読
中外日報社ロゴ 中外日報社ロゴ
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
中外日報社「宗教文化講座」

月輪大師俊芿律師800年御遠忌(2/2ページ)

国際日本文化研究センター准教授 西谷功氏

2026年6月24日 14時01分

さらに、泉涌寺では伽藍構成や仏像配置、儀礼空間の整備においても宋式が徹底された。三門・法堂・仏殿を軸とし、僧堂や浴室・東司といった生活施設の整備は、僧団の清浄性を維持するための重要な要素であった。また、俊芿肖像画に認められる唐衣や椅子・沓の使用、宋音(宋代の中国語音)による読経など、日常生活の細部に至るまで宋文化が導入され、寺院全体が仏道実践のための総合的環境として機能していた。

現代に通じる意義

このような泉涌寺の実践は、当時の日本仏教に大きな影響を与える。身分や所属を問わず、多くの僧が修行や学習のために泉涌寺を訪れ、宋国由来の戒律にもとづく生活や儀礼を実地に学んだ。彼らはその経験を各地に持ち帰り、戒律を重んじる実践を広めていく。

とりわけ南都においては、貞慶(1155~1213)や戒如による戒律復興の動きと結びつき、彼らが再建した海龍王寺(奈良市)では、泉涌寺長老の講義を通じて宋式の寺院制度や夏安居などが導入された。さらに、この講義に参加した叡尊(1201~90)や覚盛らによって、こうした実践は西大寺流・唐招提寺流へと継承され、戒律再興が本格化していく。

また、浄土教系の僧にも念仏とあわせて戒律を重んじる動きが広がり、往生の確かさを支える基盤として重視された。真言系においても、修法や祈祷の効験を担保する前提として戒律遵守が再評価されるなど、諸宗・他門においても仏道実践の基礎としての戒律が見直されていった。こうした展開のなかで、泉涌寺での参学を通じて体得された如法の実践は次第に広く受け入れられ、平安時代にはほぼ廃れていた戒律も、再び僧団生活の中に定着していった。

その背景には、戒律を守り規律ある生活を送る僧の姿が、当時の社会において正しい仏道実践の担い手として認識され、社会的信頼と影響力を備えた存在として受け入れられていったことがある。俊芿らの実践は、単に僧団内部の改革にとどまらず、貴族や武士、在家層からの支持を得て、戒律にもとづく仏教実践を維持・展開する社会的基盤を形成していった。

以上の点から、俊芿の仏教運動の特徴は、寺院生活・儀礼・空間・文物を含む総合的な仏道実践の再編にあったといえる。布薩や安居といった儀礼の復興に加え、僧食の規範や堂宇の構造、さらには仏像や仏画の制作に至るまで、宋代仏教の影響が及んでいる。すなわち、俊芿のもたらしたものは教義のみならず、如法の戒律にもとづいて生活を整える実践体系であったといえよう。

ここで注目すべきは、仏道実践が僧だけにとどまらず、当時の貴族や有力者など在家層にも受け入れられていく点である。彼らが俊芿たちに求めたのは、戒律にもとづいて正しく執り行われる授戒や法会と、死後の安穏を願うための追善供養や葬送儀礼であった。社会不安が続くなかで、現実に支えとなる宗教実践への要請は強く、その拠点となった泉涌寺は、こうした要請に応える場として次第に重要性を増し、やがて皇室の葬送や追善供養を担う寺院へと展開していく。

こうして明らかになるのは、俊芿が果たした歴史的意義が、戒律の復興にとどまらず、日常生活と儀礼を結びつけた具体的な実践を提示した点にあることである。それは、仏教を現実の生活のなかで実現するあり方であり、僧俗を問わず広く共有された。

この視点は中世に限られるものではない。現代においても、宗教が人びとの不安や生死の問いに答えるためには、教義や思想だけでなく、それが日常生活のなかでどのように実践されるのかが問われている。俊芿の試みは、宗教が現実に根ざした力を持つための条件を、あらためて示しているといえる。

月輪大師俊芿律師800年御遠忌 西谷功氏6月24日

泉涌寺の創建 平安時代後期の日本社会は、院政の開始や武士勢力の台頭、荘園制の進展によって、律令国家以来の秩序が大きく揺らぐ時代であった。中央政治の再編と地方支配の変容が進…

戦後80年 教史探究の意義 金子昭氏5月7日

総力戦体制下の教団 抜き差しならぬ状況 昭和16年12月8日、日本軍は真珠湾を急襲し、対英米戦争が始まった。仏教系、神道系の教団機関誌では「宣戦の詔書」を冒頭に掲げ、これ…

『安芸国神名帳』奉唱の再興 神仏合同の世界平和祈願祭を契機として 瀨戸一樹氏4月3日

はじめに 令和7(2025)年、終戦80年の節目の年を迎えた。今なお世界では戦禍で苦しむ人々が後を絶たない。同年12月、被爆地・広島で活動する広島県青年神職会・広島密教青…

袈裟衣は心にこそ 社会の現場での僧侶の装い(6月19日付)

社説6月24日

国旗冒涜の罪 何のために、いま必要か(6月17日付)

社説6月19日

AIと人間 問われる「いのちの尊厳」(6月12日付)

社説6月17日
「墨跡付き仏像カレンダー」の製造販売は2025年版をもって終了いたしました。
長らくご愛顧を賜りありがとうございました。(2025.10.1)
中外日報社Twitter 中外日報社Facebook
このエントリーをはてなブックマークに追加