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ザ・タイガース 44年後の音 ― 自分の生き様を表現(2/2ページ)

国際日本文化研究センター准教授 磯前順一氏

2014年1月23日

そうした時代を、葛藤を抱えつつ生き抜いてきた自分たちの過去を思い出しつつ、今一度、一人ひとりが前を向いて生きていこうではないか。沢田の最後の挨拶、「今日まで生きてきました。今日も生きています。そして、これからも生きていきます」は、そうした姿勢のもとに、今の不安な時代をともに生きようとするメッセージのように聞こえた。東京ドームで登場した病気療養中の岸部四郎の存在もまた、そうした思いをファンの胸に一層刻むものとなったように思われる。

今回のツアーでは、時おり沢田がMC(しゃべり)で「今地震が」とファンの笑いを誘ったように、演奏のバランスを崩す場面もしばしばあった。そうしたメンバー間の演奏に齟齬が感じられることも、ツアーの序盤にはファンのブログで指摘された。それは瞳も言うように、加橋脱退からの44年という歳月の間に、5人のメンバーがそれぞれどのような人生を過ごしてきたのか、その生き方の違いを示すものでもあるのだろう。

皆メンバーはタイガースという巨大な自分の過去に、この44年の間それぞれの形で向き合ってきた。その影に重く潰されそうになった者、新たな自分独自の世界を築き上げた者、タイガースとともに歩もうとした者。若い時の数年間で、あれだけの大成功を勝ち得たがゆえに、その後の人生は容易なものではなかったはずだ。

しかし、ファンはその全盛期に比べれば危うい演奏であることはわかっていても、彼らの音を、現在のありのままのタイガースの姿として引き受ける。コンサート会場で私の隣にいた女性が、「ありがとう、タイガース」と、何度もお礼の言葉を、アンコールで現われたメンバーに届けようとしていた。彼らと同様に、ファンのなかにはタイガース解散後、順風満帆とは言い切れない人生を送ってきた人たちも少なくないだろう。

「ありがとう」というファンの言葉は、たとえ人生の勝者になれなかったとしても、各人がかけがえのない人生を一生懸命に生きてきたんだよねと、その人生を音で肯定してくれたメンバーに対するお礼なのだ。そして、タイガースもまたツアーの後半、とくに最終公演の東京ドームでは、グルーブ感ある見事な音のアンサンブルを5人だけで奏でるまでに、その演奏がかなり戻って来ていた。

過去の自分の傷を恐れる人間は、いたずらに過去を美化し、ナルシシスティックな郷愁に耽溺することになる。傷ついた過去の自分の姿を肯定的に受容できるからこそ、人間は未来に向かって前向きに生きることができる。そういった意味でも今回のツアーは、震災後、戦後社会の価値観を支えて来た高度経済成長という理念を相対化する動きがある一方で、その不安ゆえに高度経済成長へのノスタルジアにとりつかれた現在の日本社会に対して、一石を投じるものともなろう。

世俗主義時代の産物であるポピュラー音楽もまた宗教と同様に、そういった人生の清濁を併せ呑むがゆえに、途方もない魅力を秘めたものとなる。音のもつ表現力には人間の感情を動かす凄さがある。同時にその生き方までを白日にさらしてしまう怖さもある。

では、自分の送ってきた人生あるいは表現活動は、彼らが紡ぎ出した音楽に比べて恥じることのないものになっているのだろうか。そんなことを改めて考えさせられた44年後の再結成であった。時間の経過は時に残酷なものである。しかし、優しいユーモアで人を包むこともできる。次は、69年3月5日に加橋抜きで録音された佳曲「坊や祈っておくれ」を、メンバー6人全員の音のハーモニーで聴いてみたいと思う。

補記 本稿は、タイガースの瞳みのる氏、及び同ファンの山田美枝子氏への取材をふまえて書かれたものである。両氏に感謝の意を表したい。

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