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翠雲堂

『大乗起信論』と一元的世界観(1/2ページ)

仏典翻訳者 大竹晋氏

2020年2月18日 11時42分
おおたけ・すすむ氏=1974年生まれ。岐阜県出身。筑波大大学院哲学・思想研究科修了。博士(文学)。専攻は大乗仏教。著訳書多数。近著に『大乗非仏説をこえて』(国書刊行会)、『「悟り体験」を読む』(新潮社)。
『大乗起信論』成立問題の概要

『大乗起信論』は、6世紀前半、南北朝時代末期の中国に、漢文のかたちで現われた仏典である。南朝のインド人僧侶、真諦(499~569)の訳であると伝えられる。

ただし、同論については、それが北朝の学派、地論宗――のちに南道派と北道派とに分裂した――の作であるという伝承もあった。その伝承をヒントとして、『大乗起信論』成立問題の解決への道を開いたのは、望月信亨(1869~1948)、竹村牧男(1948~)、高崎直道(1926~2013)ら日本の仏教学者である。

望月は、同論を現存する地論宗南道派の文献と比較して、最終的に、同論を地論宗南道派の作と結論した。竹村は、同論が北朝の漢訳に準拠していることを指摘して同論を分裂以前の地論宗の作と結論した。高崎は、同論が北朝の漢訳に準拠していることをさらに指摘しつつも、同論を南北朝いずれかのインド人の口述と結論した。

『大乗起信論』成立問題の解決

近年、仏教学に発展をもたらしたのは、①漢文大蔵経の電子化、②敦煌出土北朝仏教文献の翻刻出版――という二大成果である。この二大成果は、結果的に、『大乗起信論』成立問題にも解決をもたらすこととなった。①によって、同論が先行する漢訳仏典からの一種のパッチワークであることが判明し、②によって、同論が地論宗より前の北朝仏教文献に特有の説をいくつか含んでいることが判明したのである。

筆者はそのことをまとめ、国書刊行会から『大乗起信論成立問題の研究』(2017年11月)を公刊し、同論を地論宗より前の北朝人の作と結論した。幸いなことに、筆者の結論は、仏教学部の研究紀要(18年3月)に出された石井公成・駒澤大教授の書評、宗教系専門紙(18年5月)に出された末木文美士・東京大名誉教授の書評、新書『大乗仏教』(19年1月)に付された佐々木閑・花園大教授の「補講」によって承認された。

同書において、筆者はさらに『大乗起信論』がインド大乗仏教と異なる奇説をいくつか含んでいることを指摘した。ここでは、そのような奇説のうち、日本仏教に大きな影響を与えた一元的世界観を採り上げ、その問題性について再考したい。

インド大乗仏教の説

インド大乗仏教においては、現象を構成しているあらゆる法(枠組み)は、空(からっぽ)、すなわち、無我(おのれがない)と説かれている。

言い換えれば、インド大乗仏教においては、あらゆる法に、空性(からっぽさ)、すなわち、無我性(おのれのなさ)という共通的属性が内在すると説かれている。

この、空性、すなわち、無我性は、真如(そのとおりのまこと)と呼ばれる。われわれはこの真如について伝聞するにすぎないが、インド大乗仏教の聖者は、修行によってこの真如を実見し、最終的にブッダとなる。

『大乗起信論』の奇説

ところが、『大乗起信論』においては、インド大乗仏教と異なる奇説が説かれている。

具体的に言えば、『大乗起信論』においては、あらゆる法は一なる真如であり、われわれの妄念によって、あらゆる法へと分節されていると説かれている。

インド大乗仏教においては、あらゆる法に内在する共通的属性が真如なのであるが、『大乗起信論』においては、あらゆる法が真如なのである。

インド大乗仏教は二元的世界観である。あらゆる法と、真如との二元にもとづいて、あらゆる法を実見する凡夫と、真如を実見する聖者との区別がある。それに対し『大乗起信論』は一元的世界観である。そこには凡夫と聖者との区別が曖昧になる危険性があった。

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