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2024宗教文化講座

顕・密「聖教」に見る日本中世の仏法(1/2ページ)

日本女子大名誉教授 永村眞氏

2020年7月13日 09時20分
ながむら・まこと氏=1948年、熊本県生まれ。早稲田大大学院文学研究科博士課程中退。東京大史料編纂所助教授、日本女子大文学部教授を経て現在、日本女子大名誉教授、人間文化研究機構理事、東大寺学術顧問、醍醐寺文化財研究所研究員。文学博士。

古代から日本社会に深く浸透し大きな影響力を与えてきた「日本仏教」は、長年にわたり形づくってきたその姿を、近代に至り大きく変えてしまった。その変化のきっかけは、言うまでも無く明治維新期の廃仏毀釈・神仏分離という強引な宗教政策であり、また諸宗派が復活するにあたり条件とされた一寺一宗という原則であった。例えば奈良東大寺は平安時代より「八宗兼学」を掲げ、華厳宗と三論宗を中心に真言・法相など諸宗の修学がなされてきたが、明治維新後にいったん浄土宗預りとなった後、華厳宗に復して今日に至る。

時代とともに「日本仏教」は、南都六宗から天台・真言を加えて八宗、天台宗・浄土教から浄土宗・真宗、法華宗(日蓮宗)、禅宗など諸宗を生み出し、その修学や相承にあたり個性的な姿を寺院社会に定着させていった。このように長年をかけて育まれた多様な仏法とそれを支えた寺院制度を、一挙に変えてしまったのが維新政府による宗教政策である。そこで「日本仏教」と寺院が失ってしまった過去の姿のいくつかに目を向けてみたい。

筆者は日本中世の社会史・仏教史を研究し、奈良・京都の諸寺院に伝わる史料調査に関わってきた。特に調査の成果として史料目録を編集・出版する中で、寺僧が修学や法会出仕のため作成した「聖教」と呼ばれる数多くの史料の存在を知った。

では「聖教」とは如何なる史料であろうか。用例から知られるその語義であるが、第一に釈尊の教え、第二に諸宗の祖師の著述、第三に多くの寺僧が修学・法会・教化のために作成した著述であり、特に第三の「聖教」に注目することになる。この「聖教」は諸宗に見られるが、その内容や形式は必ずしも一定していない。例えば、南都諸宗における顕教の「聖教」は、主に経・律・論やその註釈の内容を理解するため催された、講説・論義・竪義・談義と呼ばれる法要の中で生まれることが多い。また密教の「聖教」は、秘法伝授の場、つまり加行・灌頂や諸尊法伝受にあたり作成されたものが多数を占める。

さらに真宗の「聖教」は、「七祖聖教」に示されるように、念仏行者が拠り所とする祖師・先師の著述である。このように多様な「聖教」を通して、中世の寺院において如何に仏法が修学され、多くの寺僧に共有され、多くの檀越に広められていったかを知ることができる。

先に掲げた南都諸寺における顕宗の「聖教」の一例として、東大寺図書館に架蔵される「中巻因六義聞書」を挙げたい。本書は法蔵著「華厳五教章」中巻の「因六義」(「縁起因門六義法」)をめぐり、応永8年(1401)、戒壇院長老志玉の所望をうけ、その師弁玄が「講談」(談義)した料簡(要諦)を記す華厳宗の「聖教」である。本書が生まれた場は弁玄の「講談」であり、これは「因六義」の本文を逐次読み上げ解釈した上で、聴衆の疑問に答えたもので、それらを筆記したものが「聞書」と称される。

このように寺僧の修学活動の中で生まれた「聞書」から、華厳宗の綱要を記す「華厳五教章」の理解を深めるための「講談」の内容、つまり修学と理解の実態が窺われる。なお志玉が長老としてあった東大寺戒壇院は、鑑真以来の受戒道場として知られるが、同院では戒律のみならず華厳宗・三論宗、さらに真言宗等が修学され伝法灌頂が催されたことを付記しておきたい。

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