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2024宗教文化講座

謎の絵師・俵屋宗達とは(1/2ページ)

日蓮宗大法寺住職 栗原啓允氏

2020年9月1日 09時45分
くりはら・けいいん氏=1959年、富山県高岡市生まれ。北海道大工学部、立正大仏教学部卒。96年、日蓮宗大法寺住職拝命。「日本文化芸術の礎」事務局員、日蓮宗宗会議員、日蓮宗教務部長。論考に「七面信仰伝搬についての一考察」「長谷川等伯考」「俵屋宗達考」等。

江戸初期に活躍した俵屋宗達は琳派の祖とされる最も著名な絵師でありながら、史料が極端に少なく生没年すら不明とされています。今般の論考では、俵屋蓮池・喜多川一門が「広範で強固な日蓮法華衆ネットワーク」の主要な構成員であった事実に着目しました。つまり俵屋一門結縁の頂妙寺、俵屋一門と関係を結んでいたと考えられる本阿弥、紋屋、五十嵐一門所縁の寺院史料、信徒記録としての過去帳、勧進帳、寄進記録の中に俵屋蓮池・喜多川一門関連の記述が存在する可能性に思い至りました。そこでそれらの史料に改めて検証を加えることを試み、その結果を既知の史料と照合する作業を通じてこれまで不明とされてきた俵屋蓮池一門の系譜を明らかにすることによって、宗達のフォルムをより確かなものとして浮かび上がらせることができるかもしれません。

俵屋蓮池・喜多川一門を主要な構成員とした日蓮法華衆ネットワークの存在を前提とし、これまで俵屋宗達関連の史料としてはほとんど注目されてこなかった俵屋一門結縁の頂妙寺、関連の本阿弥、紋屋、五十嵐一門所縁の寺院史料、具体的には『頂妙寺文書・京都十六本山会合用書類1・2・3・4巻』『本法寺文書1・2巻』『教行院日富過去帳』『妙蓮寺文書』、主にこの4点の寺院史料に関連の記述を探ってみました。

一連の作業の過程において、『本法寺文書2巻』所収、本法寺第10世で堺の豪商油屋出身の功徳院日通の霊簿である「妙法堂過去帳」中に「廿五日 蓮池常知日清 子正月六十一」「十四日 周政 蓮池 十二月」「十日 喜多川宗利 常通父 八月 十三年忌慶長十二年丁未八月也」などの記載を見いだしました。また1576(天正4)年に洛中の信徒を対象として実施された勧進の記録である『頂妙寺文書・京都十六本山会合用書類4巻』所収『諸寺勧進帳』、中小川の勧進記録中に「頂妙寺 銀二枚 常知」「同 壹貫文 周政」「頂妙寺 銀八匁 喜多川宗利」等の記述を見いだしました。

これらの記載を合わせて76(天正4)年には中小川に頂妙寺に結縁した蓮池常知、蓮池周政、喜多川宗利などの信徒が在ったことを確認しました。ことに蓮池常知はこれまでほとんど知られてこなかった人物ですが、本法寺及び本阿弥一門との関連においても俵屋蓮池一門の系譜の要にある人物であろうと考えました。また本法寺塔頭教行院第6世で蒔絵師の名門五十嵐一門出身の教行院日富によって調製された「教行院日富過去帳」中にも「蓮池平右衛門常賢日晋 延宝四 七、廿七日妙蓮父」との記載を確認し、『妙蓮寺文書』中の本尊裏書に宗達、千少庵などと交流のあった紋屋入道妙持の寄進記録も見いだしました。

蓮池平右衛尉秀明、蓮池平右衛門宗和などの既出の記録に「教行院日富過去帳」の「蓮池平右衛門常賢日晋 延宝四 七、廿七日妙蓮父」の記述を考え合わせて俵屋蓮池宗家は歴代「平右衛門」を襲名していた可能性を知ることができました。これも既出の史料である、立本寺に曽存した大灯籠に「具足山立本寺常住 施主蓮池常有 慶長第六年孟春二十五日與 常知日清 造而之」と刻される1601(慶長6)年の追善施主としての蓮池常有の寄進銘と、「妙法堂過去帳」の「廿五日 蓮池常知日清 子正月六十一」の記載を照合した時、00(慶長5)年が没年と考えられる蓮池常知、翌年「常知日清」の一周忌を期して大灯籠を立本寺に寄進している蓮池常有の間に親子関係の存在が浮かび上がりました。この事実を踏まえて蓮池常知の後継者である蓮池常有が15(元和元)年には光悦町に屋敷を所有していたこと。今出川通小川東江入兼康町に居住する俵屋蓮池宗家の系譜に連なると思われる蓮池平右衛門宗和なる織師が、08(慶長13)年に西陣織屋の名門、紋屋宗家井関宗帖から紋織法の秘伝を授けられている等の既知の史料を合わせて考察することによって蓮池常有と蓮池平右衛門宗和が同一人物であることも併せて類推されました。

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