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昭和戦中期における「長慶天皇陵」治定と仏教界の反応(2/2ページ)

成城大教授 外池昇氏

2021年7月26日 09時21分

宮内大臣による臨時陵墓調査委員会への諮問事項は多岐にわたるが、その中でも最重要の事項は真の長慶天皇陵を捜すことであった。当時宮内省は長慶天皇陵を想定した陵墓参考地2箇所(和歌山県の河根陵墓参考地、青森県の相馬陵墓参考地)の他にも、70箇所を超える全国各地からの上申地を把握していたが、その中からどのように真の長慶天皇陵を捜すのか、あるいは他に求めなければならないのか。結局長慶天皇の遺骸を納めた陵は見いだせず、長慶天皇は南北朝合一後、京都に入り皇子海門承朝が止住する天龍寺塔頭の慶寿院に住みそこで崩御したのであろうとの答申を宮内大臣に提出し、それが冒頭で述べた昭和19年2月11日の慶寿院址への長慶天皇陵治定として結実したのである。であるから同委員会としてはこれを「擬陵」、つまり遺骸が納められてはいない陵との認識であった。この臨時陵墓調査委員会の内容は全く不明であったが、近年関連の公文書が宮内公文書館で公開された。右の記述もこれに拠ったものである。

とは言え長慶天皇陵の慶寿院址への治定をめぐる動向全般に眼を拡げれば、何も公文書ばかりに拠る必要はない。以下の『中外日報』の記事は、昭和19年9月4日に大覚寺と天龍寺で行われた長慶天皇550年聖諱の法会・法要を報じたもので、同日には同陵で修理竣工奉告祭が執行されている。なお9月4日は、『大乗院日記目録』の示す長慶天皇の崩御の応永元(1394)年8月1日を太陽暦に換算した日である。

『中外日報』昭和19年9月5日付
「長慶天皇聖德奉讃/畏し、香華料下賜/お綠りの大覺寺で奉修」
眞言宗大本山大覺寺では昨四日午後一時から 長慶天皇聖德奉讃大法會を奉修した、當日は宮中御使ひとして白根宮内次官の參拜があり、なほ去月二十八日付で畏き邊りより香華料金一封を御下賜になつた、法要は釋法傳氏導師となり門末代表、本山役員二十口にて奉修したが放送局ではこの御法要を錄音して同夜放送した、同山の長慶天皇の御由綠は最も深く寺僧敎賢光賢が供奉して同寺に入御あり、應永六(元)年八月一日の崩御まで御在所となし遊ばされたほどで同山では今日まで「慶壽院法皇尊儀」として御遺(位)牌を奉祀し毎年八月一日御正當として御法樂申上げてゐたのであるが、今回は五百五十年聖諱として聖德奉讃大法會を奉修した譯で 天皇として齋きまつる最初の大法會だつたのである。

『中外日報』昭和19年9月6日付
「長慶天皇聖諱/天龍寺で奉修」
洛西嵯峨の長慶天皇五百五十年聖諱御追遠法要は既報の如く四日午前十一時、關貫主を導師に宗務長、各山、門末寺院、官公代表者ら多數參列、奉齋者代表關屋貞次郎氏祭文を捧讀、關貫主の疏、拈香、白根宮内次官の焼香あつて大悲呪一卷立誦、長慶天皇五百五十年回向、引つづき承朝王海門大和尚五百年法要を嚴粛に奉修された、なほ關貫主の香語は左の如くである。

長慶天皇五百五十年聖諱上香語
 天歩方幾艱苦、三朝恨事到今傳、宸籌開展東陵月、影皎半千半百年
 承朝王海門大和尚五百年忌
 五百年前挿草攸、慶雲呈壽海門秋、天邊同仰東陵丁、月照松嵐曾不休

右の記事は長慶天皇550年聖諱になされた大覚寺・天龍寺での法会・法要の記録という以上に、同陵の治定を画期として新たに企図された長慶天皇陵祭祀の記録として貴重である。そもそも寺院の側の視点からすれば、近代における天皇陵祭祀は余りに神道の側に傾斜したものであった。天皇と寺院の長い結び付きの歴史を思えば、長慶天皇陵治定を機会として縁の深い大覚寺・天龍寺が積極的に法会・法要に取り組んだのも当然である。

以上の一連の動向は、近代における天皇陵をめぐる皇室制度の中でも極めて重要な部分を占めるものである。それでも他に残された課題は多い。実証的な見地を見失うことのない研究の進展がまたれる。

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