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弘法大師ご生誕1250年(1/2ページ)

大正大教授 堀内規之氏

2023年1月17日 09時17分
ほりうち・のりゆき氏=1966年、群馬県生まれ。大正大仏教学部仏教学科卒業。同大大学院仏教学専攻博士課程単位取得満期退学。博士(仏教学)。大正大大学院仏教学研究科長、教授のほか、真言宗豊山派宗学研究所研究員、真言宗御室派・仁和伝法所特任研究員を務める。専門は院政期真言密教教学史。『済暹教学の研究』など著書多数。

俗に「大師は弘法に奪われ、太閤は秀吉に奪わる」といわれるように、大師といえば弘法大師空海とされ、古より多くの人々から慕われ、信仰の対象となっている。その弘法大師は、宝亀5(774)年6月15日、現在の香川県善通寺市において誕生されており、本年はご生誕1250年の正当年であり、真言宗各派において慶祝事業が計画されている。

しかしながら目を転じてみると、コロナ禍・ウクライナ侵攻と我々を取り巻く状況は不透明さを増している。ご生誕1250年の正当年において、大師が何を願われ、何を実践されたのか改めて確認し、大師に思いをはせてみたい。

弘法大師の願い

『御請来目録』には、弘法大師の師である恵果から大師への願いが示されている。すなわち、恵果は無事に伝授もすみ、持ち帰る経典・仏具なども完成した。空海よ、早く日本に帰って、この真言密教を国家に奉呈し、天下に広めて、「蒼生(=人々)の幸福を増しなさい」。そうすれば、人々は幸せとなり、生きる喜びも一層増すであろう。そして、そのことが御仏の恩に報いることであり、師の恩に報いることである、と。

恵果は、人々の幸福を増すことが可能な教えである真言密教を、早く帰国し広めるよう大師に促している。そして、人々の幸福を実現すること、それが仏の恩に、師の恩に報いることになるという。この「蒼生の福を増す」という願いを実現することが、恵果からのミッションであり、それが弘法大師の願い、かつ大師が目指されたものとなっていった。

では、「蒼生の福」を増すために弘法大師は何を実行されたのであろうか。以下の4点に絞って見ていきたい。

①満濃池の修築②綜芸種智院の開設③万灯会の開催④後七日御修法
 ①②は実践によって、③④は祈りによって、「蒼生の福を増す」ことを大師は目指されておられた。

①満濃池の修築
 満濃池は、堤の高さ22㍍、周囲約8・25㌔㍍、面積約81㌶、貯水量500万立方㍍、池というよりは湖と表現するに値する大きさである。伝説では、大師の驚異的な才能によって、わずか2カ月で満濃池が完成してしまったという。しかし、湖の如き満濃池の灌漑用水事業を2カ月で完成させることは可能なのか。この疑問に、総合建設会社・大林組のプロジェクトチームが一つの答えを示している(web「季刊大林」40号「満濃池」)。

弘仁9年の大決壊後、3年にわたる修築工事が終わりに近づいた。あとは最も肝心な増水時に排水口やその周囲の堰堤をどう築造するかで難航していた。そこで、大師の知見と人心掌握術によって、アーチ型の堰堤工法に取りかかった。とすれば、2カ月での完成は可能であると。中国で最先端の技術を学んだ弘法大師であったとしても、2カ月で満濃池を完成させるのは困難である。しかし2カ月での完成は、大師のすばらしい能力を讃える意図、または、干ばつで苦しんでいた讃岐の人々による大師への感謝が作り出した伝説と考えてよい。いずれにせよ、大師は中国での知見を以て、干ばつに苦しむ人々の「蒼生の福を増す」をまさに実践されたのが満濃池であった。

②綜芸種智院の開設
 ◎教育の機会均等◎総合教育の重要性◎学校環境の整備
 これらは現在の学校教育でも重要とされる教育理念であり、この理念による綜芸種智院という学校を、弘法大師は約1200年前に開設されている。藤原三守から土地の提供を受けた大師は、綜芸種智院を開設し『綜芸種智院式』を著した。その文章には、性別・親の身分に関係なく、学びたいと願う者は全て受け入れるという教育の機会均等が、また、「物の興廃は必ず人に由る。人の昇沈は定めて道に在り」と、人を育てる教育こそが最も重要であり、その教育には総合教育が必要であるとも述べられている。仏教者である大師が設立した学校であれば、仏教による教育が想像されるが、儒教などさまざまな授業があり、多角的な人格形成を考えられていた。さらに、最も画期的なことは奨学金制度である。学びたい学生には徹底して奨学金をあげよう、また学生を指導する先生にも十分な手当が支給されていた。

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