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魔法少女は解脱の夢をみるか? ― 自らの欲望解放が世界を変える(2/2ページ)

東京大共生のための国際哲学研究センター特任助教 川村覚文氏

2015年7月3日

あえて仏教的な言い方をすれば、法=ダルマそのものへとまどかは解脱し、成道したのである。『新劇場版』では、この「円環の理=まどか」を観測し、制御下に置こうとするキュゥべえと、それを阻止せんとする魔法少女たちとの間の攻防が物語の主軸であり、最終的にはキュゥべえの野望は挫かれることになる。

しかしここで注目すべきは、この展開と同時に、非常に宗教批評的なクライマックスが用意されているということである。言い換えれば、これまで物語を支えていた宗教的・仏教的モチーフを全て覆すような結末が『新劇場版』では描かれるのであり、そしてこの結末こそが本作品を、特に政治的に、大変重要なものにしているのだ。

どういうことか。『新劇場版』の結末では、「まどか=円環の理」による解脱への救済を拒否する魔法少女が現れる。それこそが、暁美ほむらという『まどマギ』以来一貫して物語の展開の鍵となっていたもう一人の主人公である。彼女は時間を止めたり遡行したりすることができる特殊能力を持つが、その能力を利用することで、なんとかしてまどかと永遠に一緒に居られる世界の可能性を模索しようとしてきた。

それは、まどかが「円環の理」へと解脱してしまったことで一旦は不可能になったように思われたが、しかし『新劇場版』においてついにほむらも「円環の理」からの来迎が来たかのように見えた瞬間、「円環の理」自体を捕らえるという手段に訴えることで、まどかを解脱からこの世へと強引に引き戻すことに成功する。そして、それは神にも等しい存在を侵し、それに反する「理」を構築する行為であるということで、ほむらは自身を魔女ならぬ「悪魔」であると自称する。

ほむらによれば、このような「悪魔」へと彼女自身を転生させることを可能にしたのは、「希望」よりも熱く「絶望」よりも深い感情としての、「愛」である、という。

この「愛」は大変重要であると思われる。それは世界を変革するためには一切の苦を引き受けるべく自己を滅却せねばならないという宗教的言説への、アンチ・テーゼとして理解できるからだ。こうした宗教的言説は、大なる理想を達成する手段として自己犠牲を美化しつつ、一方でそのような自己犠牲に支えられた既存の権力の問題を隠蔽するような、政治的なものとして機能する危険性を持つ。

それは例えば、被曝を顧みず福島原発に向かった作業員を自己犠牲的な「決死隊」として誉め称える風潮の中にあって、原発災害の問題を「日本人」一般の欲望に起因させることで、権力の責任を相対化あるいは無効化してしまう言説へと化すのだ。それにたいして、ほむらが主張するところの「愛」の持つ含意は、徹底的に自らの欲望に従う(つまり決して自己を滅却しない)ことが世界を変革するためには重要であるということだ。

なぜなら、問題なのは欲望そのものなのではなく、特定の権力の欲望のみがヘゲモニーを握っていることだからだ。つまり、既存の秩序とは特定の欲望にとってのみ都合の良いものであり、それにたいして欲望そのものの解放はそのような偏った秩序を変革する多様な主体を構築する契機となるのだ。全ての欲望が等しく認められることを求めることで、それらをいかに調停するかということに関する適切な思考がはじめて開始できるのである。

宗教的言説が、この思考を抑圧する危険性――欲望そのものを否定する振りをして、権力にとって都合の良い欲望のみがまかり通っていることを隠蔽してしまう可能性――を持つことを理解するには、日本の近代史を一瞥すれば事足りよう。

『新劇場版』の最後に、ほむらはまどかに「秩序」と「欲望」どちらが重要か尋ねる。この問いは決定的に重要であろう。勿論、「欲望」こそが重要であり、それゆえ魔法少女は解脱の夢を見ない、のである。

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