地域防災に懸念 消防団員の減少(6月3日付)
雨期が近い。梅雨前線により死者271人に上った2018年の西日本豪雨は記憶に新しいが、大雨や台風禍はもとより、近未来に巨大地震も想定される。天災は日本の宿命とはいえ「減災」は可能だ。その議論を促すのが災害報道の大事な役割だが、見過ごされがちな問題も多い。地域で最初に災害に立ち向かう消防団団員の減少は、その一つに挙げられよう。
神戸市消防局によると1995年の阪神・淡路大震災発生当日、市消防団は755人を救出し、消防救助隊の救出486人を上回った。消火栓が使えないなど困難な中で近隣住民と協力し、必死に活動した状況を、団員が手記に残している。マス・メディアは当時、自衛隊の出動要請が遅れ、被害が拡大したと一方的な非難を報じたが、救助活動は何より初動の速さが問われる。災害発生直後は地域に根差す消防団の活動が重要だ。
2011年の東日本大震災で消防団の活動は団員へのインタビュー集『消防団の闘い』に詳しい。同書を読むと、自衛隊の到着前に団員が数知れぬ住民を救助したことが分かる。地震と大津波と原発事故という過酷な状況下、団員たちは常備消防と比べ貧弱な装備の上携帯電話もつながらず、通信不能のまま河口などの水門を閉鎖し、生存者の救出や妊婦、高齢者ら住民の避難誘導に当たった。
この震災で227人の消防団員が殉職した。岩手県大槌町で退避中の団員5人が寝たきり家族の救助を頼まれ、津波にのまれたのが典型的なケースだ。団員は「人を生かすには自分が生きなければならない」ことを教訓としても、地域とのつながりが強く、残された住民がいれば逃げられない。消防団の避難を義務付ける法整備が必要という主張はうなずける。家族を失いながら行方不明者の捜索を続けた団員も多く、心が痛む。
大災害のたびに消防団への関心が高まるが、被災体験の風化と同時進行のようにしぼんでいく。全国的に団員も毎年1万人強のペースで減り、昨年は約73万6千人。女性団員は微増傾向(約3万人)だが、全体に高齢化も進み、若者が流出する過疎地の団員不足はとくに深刻だ。13年に通称「消防団等充実強化法」ができたが、状況はさほど好転していない。消防団にはムラ社会的な古い体質や団員のサラリーマン化など多くの問題が指摘される。危険な割に報酬がわずか(標準年額3万6500円と出動手当1日8千円)という意見もある。そうした問題も含め、地域防災の核として、その在り方を巡る議論を深めることが望まれる。









