やまゆり園事件10年 いのちと共生考える契機に(7月15日付)
相模原市緑区の重度障がい者福祉施設「津久井やまゆり園」で2016年7月26日、「障害者は生きる意味がない」との趣旨の優性思想を主張する元職員が入所者19人を刺殺、入所者・職員計26人に重軽傷を負わせた事件からもうすぐ10年になる。
事件を機に、以前に長年にわたって同園で入所者の世話をする仕事をしていた太田顕さんが「共に生きる社会を考える会」を立ち上げ、犠牲者を悼むとともに、事件が我々の社会に投げかけた重い問題を考える集いを設けた。
毎月命日には園前の慰霊施設に花を供える「献花の日」を続け、今月で111回目。そして10年を期してその日は「犠牲者を偲ぶ会 2026」が開かれる。
届いた案内状では「事件を風化させないように後世に伝える」とし、当日は園近くの公民館で追悼行事や参加者によるフリートーク、アートやメッセージ寄せ書きなどを行う。
事件が人間社会に示した多くの重大な問いは継続し、広がりを見せる。経済的利益優先で「役に立つ者」と「役に立たない者」を分ける思想や差別は、世間にも政治にも、あらゆる所にはびこっている。
凄惨な事件を題材にした作品も多数制作され、自身が「役に立たない」と思っていた被告の生い立ちに踏み込んだドキュメンタリーもあったが、ある劇場映画では偏見に満ちた障がい者の描き方が犠牲者遺族や関係者を悲しませた。
障がい者や様々な少数者、「生産性が低い」と見なされた人々は切り捨てられ、差別される。「強い国」「成長戦略」の呼び声で、社会的弱者は国の施策からも取り残されている。若者の貧困は減らず、格差と分断はなくならないどころか広がりを見せる。
一方で、いのちを軽んじる風潮は根強く、悲惨な事件は後を絶たない。国レベルでも強引な他国への侵略が続き、軍備拡張の主張の下では、それによって多くの人命が失われるという想像力は全く消し飛んでいる。
また、事件の被告に死刑が確定した後に再審請求がなされたこともあり、結果の重大さと被告の生命の関係をどうとらえるかという死刑制度を巡る重要な論議も残されている。
案内状が「あの事件を、差別という問題を〝自分事〟として考え続けていくために、私たちにできることは何でしょうか。『共生』=様々な人が共に生きていく社会とは何か、そこを目指すにはどうしたら良いか、一緒に考えてみませんか」と呼びかけるように、あらゆるいのちの重みを自らに引き付けて考える日にしたい。





