急ぎ足の憲法改正論議 初心を忘れてはならぬ(7月3日付)
日本国憲法が公布された1946年11月、当時の内閣が小冊子『新憲法の解説』を公刊した。吉田茂首相が「民主主義憲法は国民の総意によって作られ、国民の総意によって解釈されるべき」と序文を寄せ、前文と各章ごとに政府の考え方を易しく説く。破局から立ち直り、国の未来を平和憲法に託した先人たちの熱い思いが伝わってくる。それに比し、今、高市早苗首相の意向に基づいて性急に進む理念なき改憲論議の薄っぺらさ。深く嘆息せざるを得ない。
時代状況を映して『新憲法の解説』は平和と民主主義、人権を力説するトーンで一貫している。
「戦争が起これば人道は無視され、個人の尊厳と基本的人権は蹂躙され、文明は抹殺される。まず文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を抹殺するであろう」(要約)。これは憲法第二章「戦争の放棄」の解説の一部だ。
憲法前文の解説は「(日本国民の)平和愛好の精神こそは、第二章の戦争放棄の規定と表裏一体をなして新憲法の最も大きい特色」と強調する。大戦の厳しい反省に立つ、と表明したものだろう。
高市氏は憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」に対し2000年の衆議院憲法調査会で「この非常におめでたい一文を、もし改憲の機会があれば真っ先に変えようと思っている」と言い放った。太平洋戦争の政治指導者は日露戦争の栄光の陰に潜む民衆の深い悲しみ、苦痛を全く知らなかったという識者の指摘を想起させた。
今また、その指摘を思い出させるように高市政権下で懸念の募る動きが相次ぐ。国旗損壊罪や国家情報会議・国家情報局新設など国権強化を図るものと、軍事力の分野で兵器輸出規制の全面撤廃、弾薬などの生産工場の国有化、敵基地を攻撃できる長射程ミサイル配備、南西地域の防衛体制強化、旧日本軍の階級呼称の復活、防衛費大幅増額などあきれるほど多い。いずれスパイ防止法も出てくる。非核三原則の見直しも高市氏の持論だ。継戦能力の強化という主張も聞くが、その先にある9条改正など高市改憲の真の狙いは、歴史を逆流させかねないものだ。
そもそも日本は食糧もエネルギーも輸入に依存し、戦争になればまず国民生活が破綻する。そんな事情もわきまえず、中国脅威論に乗って軍事に傾倒し、改憲を急ぐ態度は本末転倒だ。冒頭でも触れたが、憲法は戦後を生きることができなかった無数の人々の鎮魂と、残された遺族らの痛憤の情が込められている。その初心を置き去りにした改憲論は、到底受け入れられるものではない。







