苦に遭ってこそ
今年もまた、夏が早くも始まった。先日の取材先は駅から2㌔弱。このくらいの距離なら大丈夫だろうと歩いていたら、体が重くなった。今思えば脱水症状で、なんとかお寺にたどり着き本堂の軒下に入ると、日陰というだけで涼しく、大げさなようだが「助かった」と思えた◆少し落ち着くと、風が吹いていることに気付いた。熱暑の中でも若葉を通ってくる風は心地よく、ふだん何げなく見ていたお堂のひさしが心からありがたく感じられた◆一般紙では熱中症による救急搬送が急増しているとのニュースも伝えている。この時期は湿度が高いため汗が乾きにくく、体に熱がこもる「梅雨型熱中症」が起きやすいという。へたをすれば命の危険につながることではあるが、先日の脱水症状はお堂のありがたさを知る、願ってもない体験となった◆昔の旅人だったらこんなことから神仏への祈りを深めても不思議はないと実感することができた。「当たり前がありがたい」とはよく法話で聞くが、これまで言葉だけで分かった気になっていたようだ。苦を経験して初めて腹から理解できることもある◆現代でも厳しい行に身を投じる僧が少なくないのは、ぬるま湯の日常ではできない気付きを求めてのことだろう。「苦労は買ってでも」と言われるように、苦から得られるものがあると思えば生き方が変わってくるような気がする。(有吉英治)









