ツーリストシップ精神 互いの尊重、思いやりを(7月1日付)
「ツーリストシップ」という言葉をご存じだろうか。旅行者と旅先の土地の人々との融和を目指す精神だ。各地で観光公害、オーバーツーリズムが問題になる中、近年特に外国人観光客が激増してトラブルも起きている京都で、このほど「観光マナー発信の共創」シンポジウムが開かれた。
「スポーツマンシップ」に倣ってこの言葉を提唱し、若くして同名の社団法人を設立した代表理事の田中千恵子氏は、クイズやゲーム形式など多彩な啓発行事を全国200カ所以上で開き、関連グッズやマナー学習ソフトも開発。行政や諸団体と連携して幅広いPR活動を展開し、国際的にも注目されている。
田中氏の提唱の要点は、単に「マナーを守れ」と一方的に注意するのではなく、旅行者と住民が相互にリスペクト・尊重し合うこと。つまりその土地の良さや生活の場への愛着を共有し、互いに思いやりのある旅の精神を高揚するのが狙いだ。
シンポジウムでは、地元・嵐山の観光関係者や洛中の老舗旅館の女将らもパネリストとして、リアルな現場の課題や対策案、意見を表明した。数多くの寺社などが「観光」対象となっている京都として、宗教施設と観光客との関係も俎上に上り「信仰の場なのだから節度を持って」と呼びかけるだけでは決定的に不十分であることが浮き彫りになった。
田中氏も指摘するように、マナーは明文化されておらず、行儀良さの定義も国・地域や世代で異なる。張り紙などで「迷惑行為をやめよ」だけでは極めて管理的で「もてなし」とは遠い。
拝観者が境内で不用意な行動をしたといって、関係する観光関連会社に寺関係者が怒鳴り込んだ例が紹介された。山門入り口の〝もぎり〟で僧侶が拝観料を徴収し、決まったコースで庭や襖絵を鑑賞させるだけで、法話も何もしないなら一般の観光施設とはどこが違うのか、といったケースも論議された。
そういうことに関わらないので拝観を一切受け入れない、という選択肢ももちろんなくはないだろうが、パネリストの「多くの訪問者は、本当は神聖な雰囲気を求めているはず」「そこでのあるべき振る舞い、人としての道徳を説くのがそもそも宗教者ではないか」という訴えは傾聴に値する。
訪問者が「来て良かった。温かく受け入れられ、学ぶことができた」と心から感じて、そこから世界中どこへ行っても善き旅人となり、さらには自分の住む土地をも愛するような「地球市民」を増やしたいという田中氏の言葉は重みがある。






