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自死予防と精神科医療 ― 安易な診断・投薬が自殺増やす(1/2ページ)

精神病理学者 野田正彰氏

2015年11月6日
のだ・まさあき氏=精神科医、評論家。1944年、高知県生まれ。北海道大医学部卒。神戸市外国語大、京都造形芸術大、京都女子大、関西学院大教授を歴任。『コンピュータ新人類の研究』(大宅壮一ノンフィクション賞)など著書多数。
「命は大切」の欺瞞

矛盾に満ちたこの社会には、死に場所として知られる崖や森があった。あったと言いたいが、今もある。そんな場所の近くを訪れ、さまよう見知らぬ人を見つけると、そっと声をかける僧がいた。死のうと決めた人を前にして、直截の自殺予防と言えるものは、これくらいであろう。生から死へ、川の流れに譬えるなら、これは川下での自殺予防である。

その前、川の中ほどの予防とは、人が絶望して死にたくなる誘因を無くする活動である。病気で生計が行き詰まる。住宅ローンや消費者金融からの債務に苦しむ。連帯保証の債務に追い立てられる。使い捨ての派遣雇用しかなく希望がない。これらは医療費、雇用、債務にかかわる相談支援によって、自殺予防するしかない。経済的問題で苦しむ人は、「命ほど尊いものはない、命を大切に」と説く講演会に足を運ぶ余裕はない。同種の新聞広告、公共広告を見て、ハッと気を取り直す人がいるだろうか。

これまで川中での自殺対策はほとんどされてこなかった。ようやく2000年代になって消費者金融のグレーゾーン高金利が禁止され、司法書士・弁護士による整理が多くの多重債務者を救った。また09年12月から13年3月まで施行された中小企業金融円滑化法(いわゆるモラトリアム法)が、少なからぬ中小企業経営者とその職員を救ったと考えられる。

川上における自殺予防とは、人と人との交流の豊かな社会、全ての人びとが生きていて楽しいと思えるような社会を創ることである。老、病、死、いずれも避けがたい。だが生に必ず伴うこれらの不幸を、生の断念という絶望に変えるのは社会のあり方である。適応ばかりが強いられる楽しくない学校(中学、高等学校)をそのままにしておいて、命の大切さを教えると称する自殺予防教育の提案は、欺瞞に欺瞞を重ねるものである。

1998年度の自殺統計(99年6月、警察庁)が発表されたとき、その急増に衝撃が走った。3万2863人、前年比で35%増。とりわけ大都市圏に多く、東京都内では実に1・5倍だった。当然、社会的、経済的要因が分析されるはずだったのに、いつもどおり「命の大切さ」合唱でうやむやになっていった。ある年に限って、国民の自殺衝動が突然高まるはずがない。にもかかわらずその後の自殺防止対策なるものは、不眠・うつ病キャンペーンへ誘導されていった。

近年、自殺増の記事を重く受け止め、少数ではあるが、各県で自殺問題に取り組む宗教者が出てこられた。だが自殺防止という視点では何をして良いのか分からなくなり、長続きしていない。自死遺族自身によって世話されてきた悲哀をわかちあう会合は、持続している。そこで、故人と遺族の関係性によって多様な悲しさがあり、遺族は自分だけが苦しんでいるのではないことを知る。

多剤大量の悪循環

ところが自死遺族の話を聞いていると、どうしても精神科医療への不信が噴出してくる。

不眠がちになり、心配になって精神科クリニックを受診したら、やはりうつ病と言われ、薬が出た。飲むと体が怠くなり、日中眠くなる。1週間後に受診するように言われているので、行った。「どうですか?」「あまり良くないです」「では、お薬を少し増やしておきましょう」

1カ月ほどで、抗うつ剤、精神安定剤、睡眠導入剤などが6剤、7剤、8剤と増えていく。この間、心の中の不安、葛藤、心配、怒りなどはほとんど聞かれることもない。本人は薬を言われた通りに飲めば飲むほど、身体も心も落ち着かなくなり、これまでの自分でなくなる。眠前の薬を止めると、寝つかれない。しかたなく飲む。薬がないと眠れなくなっているのか。自分は駄目になってしまった。もう仕事を続けることもできない。こうして休職、あるいは出勤と休職を繰り返して結局、辞職、破局に至る。

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