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仏教者として性的多様性の実現を(2/2ページ)

浄土宗総合研究所研究員 石田一裕氏

2019年2月22日

その第一歩として重要なことは、多様な性のあり方を知ることである。なぜ知ることが必要なのであろうか。『大毘婆沙論』三十一には「大悲は智慧を本質とする」と説かれている。医師が専門的な知識に基づき、薬の効能と病気の症状を把握して、治療に取り組むように、仏もまた智慧に基づき人々の苦しみとその解決策を知り、慈悲の手を差し伸べる。もちろん我々の慈悲は仏に及ぶべくもないが、それを見習うことはできよう。性について正しい知識を得ることは、そのことで苦しみを感じている人々の力になるために不可欠なことである。そして正確な知見をもとにすれば、寺院に参拝に来る人々の中にもLGBTの当事者がいるかもしれないという想像力が広がっていくはずである。それによって、自ずと我々の立ち居振る舞いも変化していくだろう。

最後に仏教教理の中で、この問題をどのように考えられるかについて述べてみよう。

私は戒律、特に大乗戒の中にこれを考えるヒントがあると考える。戒は仏教者の行動規範である。東アジア仏教文化圏では『梵網経』に説かれる戒が重要視されてきた。この経典はいわゆる戒律の常識を揺さぶる教えを提示している。

出家者のための具足戒には、それを受けることができない者の要件(遮法)が定められる。例えば未成年者や重病人、さらには同性愛者や身体障害者、そして畜生は出家することができない。このような規定は、信者からの布施のみによって生活する当時の出家教団において、必要な措置であったと考えられている。釈迦が説く覚りへの道は誰にでも開かれていると理解されているが、実際に教団を運営する観点から出家が認められない人がいたのである。

『梵網経』はそれと異なり、まさに覚りへの道が一切衆生に開かれている点が強調される。そこには、菩薩の戒を受けることができる要件は、ただ戒を授ける法師の言葉が理解できることと説かれている。比丘も、同性愛者も、さらには畜生に至るまで、生きとし生けるものに、菩薩となる道が開かれているのである。そして、これに基づき私たちは戒を受け、あるいは放生会という儀式では畜生に対して授戒を行う。経典に説かれる教えは、今も実践を通じて実現されている。もちろん同性愛者や性転換した人であっても、『梵網経』の戒を受け、僧侶となることができよう。大乗の菩薩道においては、同性愛者であることが僧侶になることを妨げる要因とは全くならない。前述の総研叢書にはLGBT当事者の僧侶からの寄稿がある。その方は、僧侶となって自分の進むべき道を見定め、しっかりと歩みを進めている。性別や性的指向に関わりなく、何をするかが僧侶にとって大切なことである。おそらく、寺院に生まれ後継者と期待されながら、自身の性別や性的指向に悩み、僧侶になることを躊躇している当事者もいることであろう。仏教が示す覚りへの道は、繰り返しになるが、誰にでも開かれている。

ここに紹介した『梵網経』だけではなく、大乗経典は、言葉によって世界を分け隔てて理解する私たちの日常的な営みを覆す教えに満ち満ちている。『維摩経』では、在家である維摩居士が出家者よりも深く仏の教えを理解する様子が描かれる。『法華経』では智慧第一の舎利弗が龍女に対して女性は成仏できないと指摘をするが、龍女はその指摘を変成男子という過程を得ながらも、易々と突破していく。それは私たちの常識を揺さぶり、日常の中にあるおかしさを超える道を提示している。常識によって生まれる苦しみを解消するヒントがそこにある。そのような大乗経典を信奉する者が、一切衆生悉有仏性を説き、慈悲や布施の理念を宣揚するのであれば、その理念に基づいた仏道修行の中で、その正しさを自ら体現する必要がある。仏教が差別や不平等を説かない教えであることの証明、そしてあらゆるものに覚りへの道が開かれているという証明は、それを信じ心の拠り所とする我々の行いにかかっているのである。

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