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即位灌頂と儀礼のなかの天皇像(1/2ページ)

奈良国立博物館主任研究員 斎木涼子氏

2019年4月19日
さいき・りょうこ氏=奈良国立博物館主任研究員。1978年生まれ。京都大大学院博士課程指導認定退学。文学博士。専門は日本古代史。主な論文は「仏教的天皇像と神仏習合―仁寿殿観音像・即位灌頂」(『ヒストリア』219)、「摂関・院政期の宗教儀礼と天皇」(『岩波講座 日本歴史』第5巻・古代5、2015)など。

新天皇即位を控え、天皇の即位関連行事に関心が高まっている。一般的に、即位の際の儀礼としてイメージされるのは、高御座に新天皇が出御して行われる即位の礼であろう。かつては大極殿において行われていたこの即位儀礼は、古代より長い歴史を持つものである。大極殿の高御座に着御した新天皇は即位宣命を下し、親王以下官人たちが拝するというのが儀礼の概要であった。

印結び真言唱える

その一方で、江戸時代、孝明天皇の代まで存在していた即位の際の仏教儀礼、「即位灌頂」については、ほとんど知られていない。この即位灌頂とは、即位式において天皇が手に印を結び明(真言)を唱えるという、密教的所作を行うものである。灌頂とは頭に水を灌ぐという意味で、元はインドにおける即位・立太子の儀礼であったが、のちに密教において、師から弟子に教えを授ける伝授儀礼に取り入れられた。僧に阿闍梨(人々を教示する資格者)の位を与えるものが伝法灌頂であり、投花儀礼などにより人々に一人ずつ仏と縁を結ばせるのが結縁灌頂である。つまり即位灌頂とは、密教儀礼に再び王の即位儀礼という本来の意味を持たせたものといえる。

この儀礼の嚆矢とされるのが、平安時代11世紀に即位した後三条天皇(在位1068~73)である。学者として知られ、儀式書の編纂者でもあった公卿、大江匡房(1041~1111)の残した記録には、後三条天皇が即位式にあたって「大日如来のような印」を結んでいたと記されている。しかし、突如現れたこの後三条天皇の所作がすぐに定着したわけではない。即位儀礼としての確実な実施例は、約200年も後、伏見天皇(在位1287~98)からである。天皇自身の日記『伏見天皇宸記』によれば、即位式前に関白の二条師忠から、あらかじめ「秘印等」の説明を受け、当日、高御座に着座する際に印を結び、真言を誦したという。その後、南北朝合一以前の後小松天皇(在位1382~1412)から恒例の儀式となったとされる。儀礼の概要は、即位式に臨む際に摂政・関白が印明伝授を行った上で、天皇が智拳印を結び、口に大日如来の明(真言)を唱える、というものであった。そして、即位式そのものには関与しないが、教義的理解などを提示し、この儀礼を理論的に支えたのが僧侶たちであった。

政治的役割が縮小

果たして、この約200年の間に何があったのか。そもそも、国の統治者として王の座に着すという即位式に、全く異色の密教的所作がなぜ受け入れられたのか。その理由を考えるためには、まず、11世紀前後に変化していった朝廷の神祇・仏教儀礼の体系と、再構築された天皇権威について説明しなければならない。古代における天皇は、正しい国家運営や政策、神祇祭祀・仏教法会の適切な執行により、全国に豊穣と安寧をもたらさねばならない統治者としての責任を負っていた。しかし、平安時代中期以降、政治機構の成熟、安定した政治運営がなされるなかで、幼少天皇、摂関政治が登場し、天皇の政治的役割は縮小していき、天皇個人が国家運営の責任を取る必要がなくなっていった。ただし、天皇は朝廷の儀礼・政務の主催者であることに変わりはなく、社会秩序の頂点に君臨しており、それは決して摂政・関白が代わることができないものであった。

そして、こうした政治状況の変化のなかで、宗教政策・儀礼において天皇が果たす役割が、いわば縮小・再編され、重要な意味を持つようになる。神祇祭祀においては、天皇の母方氏族の氏社の祭礼が朝廷の祭礼として認められ、また賀茂社など平安京の鎮護をなす特定の神々との結びつきが強まっていった。仏教儀礼では、大極殿を会場として多くの律令官司によって運営される法会ではなく、私的領域と公的領域が混在する内裏において、限られた貴族とともに執り行う護国法会や、天皇の御願仏事が重視されるようになった。

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