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伝教大師は智者大師の後身(2/2ページ)

叡山学院教授・学監 桑谷祐顕氏

2021年1月5日 09時20分

一方、宗祖入唐中の付法には、仏隴寺座主行満からの付法の言や印信があり、これ等は宗祖の別伝『叡山大師伝』に引用がある。智顗が東国における二百余年後の仏法興隆を予言したことや、最澄をその予言の実現者と認ずる行満の付法内容は、先の道邃『付法文』と大差ない。但し、行満のそれは、智顗の予言を適える求道者とはするが、「天台の再誕」と言う言葉を用いていない。

後世、これに依って、宗祖入寂後間もなく成立した別伝に引用のある行満の付法を正義とし、道邃『付法文』を後世の偽作と疑う意見がある。また、その当該箇所現伝の『伝道文』については、平安時代(9世紀)の成立、「平安時代前期の写しと見られる」(『最澄と天台の国宝』京都国立博物館図録・2005年)との解説もある。果たして1200年余の伝統宗義は揺らぐのか。

この問題では、宗祖将来『付法文』の内容自体を如何に考えるかの研究と、現伝『伝道文』の書誌学的見地からの研究、その二方面からの研究が必要であろう。

先ず、前者の問題から。実は、『付法文』には、高祖入寂の朝、自ら〔経蔵を閉じて〕その鑰を虚空に投じたという投鑰の伝承を伝えている。やがてこれは、宗祖が比叡山入山の最初、山中にて「八舌の鑰」と呼ばれる鑰を取得し、入唐時も肌身離さず携帯したが、やがて智顗封蔵の天台山経蔵をこの鑰にて開錠したという後世の宗祖伝に見られる伝承を生んでいる。

しかし、その「八舌の鑰」は、現に比叡山の最重宝として現存していることから、その宝鑰も『付法文』も全くの架空話ではない。むしろ、『付法文』にある経蔵封鎖と投鑰の話は、経蔵を開封した最澄こそは、紛れもなく「智者の再誕」を明確にする意図がある。しかもそれは、二百余年の封蔵を解き、天台使用の経論章疏の全てを取経帰国した正統を立証する記述でもある。

つまり、それを特に強調する行満付法文は、「智者の後身」の文言こそ使わないが、道邃のそれと完全に一致する。しかも、『叡山大師伝』からは、二百余年後の如来使の来訪を、当時の天台山中山麓の僧俗皆が承知し、待望していた様子が知られるから、「智者の後身」本人の手による開蔵と天台教学正統の取経の証こそが、比叡山に伝来する「八舌の鑰」だと筆者は考えるのである。

次は、現伝の『伝道文』の書誌学的問題である。果たして、最澄自身、若しくは弟子達は、命を懸けて入唐し、天台正統を伝受した師僧親授の受法証明書を裁断するだろうか。当時は天台の正統が問われた時代である。艱難辛苦の賜物であり、師々相承の証であるが故に、宗祖自身も、弟子達に至っては尚更のこと、天台正統を証明する証文に手を下すことはないと筆者は思う。故に、筆者は、宗祖帰国後の早い時期での臨模であろうと考えている。

書誌学的見地に依って『伝道文』を9世紀前期とする前掲の解説は、『伝道文』「智者の後身」が、9世紀中期以降の慈覚大師や智証大師の入唐成果を待たないことを示しており、結果、それは宗祖伝授の将来史料、即ち道邃からの『付法文』に因ることを証明することになろう。

平安末期の永久4年(1116)三善為康編『朝野群載』には、宗祖智者後身説を謳った「伝教大師讃」(作者不明)が収録されている。同書は平安時代の詩文・詔勅等を類別した書物であるが、それに宗祖智者後身説が収録されている事実は、当時、仏教界以外にもそれが周知されたことを明かしている。後世、『朝野群載』の影響は殊に大きく、後の比叡山上での諸法要の表白や祭文にも依用されたことが、当時の法要記に残る書き込みから知られる。

特に、日蓮聖人が天台を薬王の後身、伝教を天台の再誕にして薬王の後身(『立正観抄』等)と説き、先の『道邃和尚付法文』の智者大師東国再誕説を高唱する(『安国論御勘由来』)ことに留意すべきである。後世、天台・日蓮宗義にて重要視される所以である。

また、江戸期の叡岳諸法要では、宗祖入唐以来の本宗の要義として継承され、以後「山家大師一千年遠忌」(文政4年・1821)、直近の「宗祖一千百年御遠忌」(大正10年・1921)法要法則にも同旨の文言が残っている。以後、概ね昭和の刊行物もこれを踏襲している。

故に、宗祖智者後身説の継承は、寺宝「八舌の鑰」と共に、正統な天台教法相承を証する本宗最重要義に由来するものであるから、筆者は、来たる1200年遠忌法要も、是非ともそうあってほしいと念願する次第である。

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