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コロナ禍に宗教が学ぶもの(2/2ページ)

上智大特任教授 島薗進氏

2021年1月12日 09時18分

ここで思い起こされるのは、アルベール・カミュの『ペスト』という小説だ。1947年に発表されたこの作品は、感染症(疫病)の経験というより戦時下の全体主義的状況を映し出したものだとされる。だが感染症に苦しみ他者との接触が恐れられ忌避されるような閉塞状況で、ひとりの人間として苦難にどう向き合うかという問いが全編を貫いている。そこに登場する神父は、当初、人々にひたすら悔い改めを説いていた。人々の不信仰がこの苦難をもたらした。今こそその罪を悔い改め神を信じすべてを委ねるべきだ、と。

ところが、この神父は次第に人々から離れていかざるをえなくなる。そして、主人公である医師のひたすら苦しむ人々のために働く姿に共鳴し、ボランティアとして支援する活動に加わるようになる。ここでは、パンデミックという非常時において、医療従事者や介護従事者らのケア活動が、それ自身、苦難にあるいのちをケアし支えるという、宗教的な、と言えるような深い意義をもつ活動として現れている。

人々がますます孤立し、居場所を失い、見捨てられるように死んでいくようなことがそこここで起こる。これは感染症のときも、全体主義的な体制の戦時下においても生じる。カミュはそのことを見抜いていた。だが、カミュがそれを予見していたかどうかわからないが、「無縁社会」などとよばれることもある、21世紀に入ってますます顕著な現代社会の傾向は、平常時においてもすでに類似した状況を生じていた。新型コロナ感染症の流行はその状況をあらためて露わにしたとも言える。

病で見捨てられるように死んでいく人、また、貧困や生活困難のための自殺者が増大していくような状況において、「いのちの危機」は日々の生活のなかに浸透するようになっている。孤立して、居場所がなく、見捨てられるように死んでいく。自分は安全だと思っていても、多くの人がそのような状況に置かれる可能性を感じざるをえない。

これが現代社会を生きる人々の実情だとすれば、それを前にして宗教には何が求められているのだろうか。『ペスト』の主人公の医師や彼に協力する人々は、脆弱ないのちとともにある生き方、見捨てられかねないいのちを支える活動に生きがいを感じるようになる。それは他者のためというよりも、他者とともに生きる自らのためでもあり、ともに生きるいのちのためでもある。

苦難や悲嘆の現場、また苦難や悲嘆に向き合わざるをえない人々の場に近づき、そのような場でのケアのあり方から学ぶことが、宗教者に求められるようになっている。孤立が広がる現代社会での宗教活動は、おのずから孤立する人同士の、ケアしケアされる関わりに近づいてきていた。日頃の宗教活動とともに、災害支援、こども食堂、看取りや弱者支援への関与、あるいは集いの場の提供などから宗教者や宗教集団が力を得る例が見えるようになっていた。

コロナ禍の状況では、そうした活動がしにくくなっているのは事実だ。だが、コロナ禍で露わになった事態は、ますますそうした宗教性の発揮が求められていることを示している。弱さのあるところにいのちの真実が露わになり、宗教の力も顕現する。路上生活者らの貧困者支援に取り組んできた宗教者が、コロナ禍でますますその力を発揮している例もある。コロナ後の状況では、孤立が進み弱さの露わになる場で宗教の力が発揮される事態が、より強まっていくことになるだろう。

このことは祈りや儀礼の意義が薄くなるということを意味するものではない。祈りや儀礼といのちの危機の間がより近くなり、祈りや儀礼の意義がいっそう如実に感じられるようになることを意味するものだろう。事実、新型コロナ感染症の流行によって、死者との別れの儀礼の重要性の認識を深めている人は少なくない。コロナ後の世界では、儀礼がもつ意義がこれまで以上に深く認識されていくだろう。

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