PR
購読試読
中外日報社ロゴ 中外日報社ロゴ
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
新規購読紹介キャンペーン
PR
第21回涙骨賞募集 墨跡つき仏像カレンダー2025

聖典クルアーンとムスリムたち(2/2ページ)

明治学院大国際学部教授 大川玲子氏

2022年2月7日 10時00分

このことは何よりも、クルアーンが神(アッラー)の言葉そのものとされていることに起因する。預言者とされるムハンマドの口を通して人々に伝えられた一字一句が神のものだと信じられているのである。そのためそれをそのままアラビア語で読誦することが重視され、かつては他の言語への翻訳も忌避されていた。翻訳されて広く読まれている他の宗教の聖典に比べると、ムスリムのクルアーン認識には、7世紀にアラビア半島で生まれた言葉への強固なこだわりが存在する。ゆえに柔軟な解釈を認めずに、当時のムハンマドの周囲の環境を現在に復元することを求めるムスリムが出てくるのである。

ムハンマドはメッカで生まれたが、そこで新しい教えを説き、多神教徒であった人々に迫害された。そしてメディナに移住した。だがそれでもメッカ勢力から攻撃されたため、自ら戦闘に従事している。この時期に断続的に下されたとされる言葉が神の啓示と信じられているものであり、ゆえにこの中には異教徒を攻撃することを命じる内容が含まれている。このような句をどう解釈すればよいのだろうか? 字句通りに読めば、今なお異教徒を見つけ次第、殺害することが必要となる。この読み方を支持する者たちの究極の形がテロリストということになる。

他方、字句通りではなく、当時の状況を考慮して解釈しようとする者も少なくない。アラビア半島では戦闘が常態で、ムハンマドは迫害を受け防衛のために戦ったのであり、ユダヤ教徒やキリスト教徒から多くを学び良好な関係を構築しようとした。クルアーンにはこのような内容の文言も多く含まれる。ゆえにそれらを考慮し、クルアーンの言葉が持っていた価値観を現代的に読み直し、「自己防衛のための戦い以外は認めない」という解釈を提示する者もいるのである。

読む者によってクルアーン解釈は変わっていく。するとクルアーンという聖典の存在にはどのような価値があるのか、という疑問が出てくるかもしれない。ここでクルアーンを解釈した二人の現代ムスリム思想家を紹介しておきたい。彼らは自らの思考を深めるためにクルアーンがあると捉えている。インドの平和主義者ワヒードゥッディーン・ハーン(1925~2021)はコロナ禍により逝去されたが、生前に筆者がお会いした時、このような会話を交わしたことがある。筆者が「どのクルアーン解釈者の解釈を評価していますか」と尋ねたところ、「あれかこれかにこだわらず、自分で読むのがよい」とのことであった。またパキスタン出身でイギリスで活躍する文化評論家ズィアウッディン・サルダール(1951年生)はその解釈書『クルアーンを読む―イスラームの聖なるテクストの現代的関係性』(2011年、日本語未訳)で、読者はクルアーンを読む時に熟考する必要があり、それこそがクルアーンの価値だと述べている。つまり彼らはクルアーンの解釈は確定されるものではなく、時代や読む者の立場との応答の場のようなものだと考えている。これは他の者の解釈を鵜呑みにすることを否定し、クルアーンを通して個々人が神と直接対峙し思索を深めることを目指すものだとも言えるだろう。

近年、日本でもムスリム人口が増加してきた。これまではムスリム諸国から就業などで日本にやってきて定住する者が多かったが、日本人改宗者が増えてきているのが近年の特徴であろう。クルアーンの日本語への翻訳の歴史を見るとそのことがよく分かる。最初の翻訳は大正時代になされ、それ以降、知的関心による翻訳が続いた。代表例が1950~60年代に井筒俊彦が訳した『コーラン』(岩波文庫)である。しかしここのところムスリムに改宗した日本人による翻訳書が立て続けに刊行されている。例えば中田考監修、中田香織・下村佳州紀訳『日亜対訳クルアーン』(作品社、2014年)や、水谷周監訳著、杉本恭一郎訳補完『クルアーン やさしい和訳』(国書刊行会、19年)などである。それぞれの翻訳書に付された注解を見ると、訳者の見解つまり解釈を垣間見ることもできる。加えて最近、日本人ムスリムによるイスラーム論もいくつも刊行されている。

日本社会にイスラームが定着し、展開しつつある現在、思想的にも深まっており、そろそろ日本人ムスリム独自のクルアーン解釈書が世に現れるのではないか、そう思うこの頃である。それは宗教の影響が大きくないとされる日本社会からの一神教理解の提示であり、世界中に広がるムスリムのクルアーンとの関わり方の歴史に新しい様相を加えることになるだろう。

神道の社会的側面と他界的側面 津城匡徹(寛文)氏12月3日

1、国家レベルの公共宗教 近代日本の政教関係について、私はしばらく前から、「社会的神道」と「他界的神道」という枠組みで考えている。帝国憲法下の神道の一部を、「国家神道」と…

本願寺と能楽文化 ― 式能の伝統 山口昭彦氏11月28日

芸術大学移転記念で祝賀能上演 昨年10月、芸術系の大学として日本最古の歴史を持つ京都市立芸術大(赤松玉女学長)が西京区から京都駅東側の崇仁地区に移転した。その移転を祝う記…

『顕正流義鈔』にみえる真慧上人の念仏思想 島義恵氏11月20日

真慧上人について 高田派第十世である真慧上人(1434~1512)は、第九世定顕上人の子息として誕生した。その行実は『代々上人聞書』『高田ノ上人代々ノ聞書』や、五天良空が…

ガザ停戦決議 問われる米国の姿勢(11月27日付)

社説11月29日

SNSと選挙 時代の大きな変化を象徴(11月22日付)

社説11月27日

勤労感謝の日 仏教における労働の意義(11月20日付)

社説11月22日
このエントリーをはてなブックマークに追加