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2024宗教文化講座

中世三河、浄土宗西山深草派教団の展開(2/2ページ)

愛知県幸田町教育委員会学芸員 神取龍生氏

2022年9月30日 13時13分

・1394(応永元)年創建の阿弥陀寺(岡崎市桜形町)は天野氏。
 ・1408(応永15)年創建の養国寺(西尾市寺津町)は寺津村城主大河内氏、安楽寺(蒲郡市清田町)は足利氏被官もしくは奉公衆として西郡中村を支配していた岩堀氏。
 ・1413(応永20)年創建の妙徳寺(額田郡幸田町芦谷)は、隣接する岩堀村を支配していた足利氏被官もしくは奉公衆の岩堀氏。
 ・応永年間創建の恵験寺(西尾市上道目記町)は長縄城主長縄大河内氏。
 ・応永年間創建の浄珠院(岡崎市上和田町)は松平泰親。
 ・1440(永享12)年創建の清海寺(西尾市吉良町)は松平信光。
 ・1449(宝徳元)年創建の西方寺(額田郡幸田町久保田)は松平信光。
 ・1461(寛正2)年創建の養寿寺(西尾市下矢田町)は吉良氏(義真・義信)。

以上のように、三河の深草派は地域領主と結びつき教線拡大を進めた。伊勢氏の被官として積極的な領域拡大を進めた松平氏2代松平泰親、3代松平信光は、特に重要な存在であった。松平氏は浄土宗鎮西流白旗派を宗旨とする氏族であるが、泰親や信光は宗旨に固執せず、地域支配の先を見据えながら様々な宗派との関係を深めていった。深草派に限って言えば、変相寺浄俊のもとで泰親の息子(教然良頓)が剃髪受戒したことで松平氏とつながったのである。

教然良頓と松平氏の勢力拡大

額田郡南部には、深草派寺院は現在に至るまで2カ寺しかなく、三河の中でも分布が非常に薄い地域である。浄土宗系寺院内の棲み分けもあろうが、強固な支配地盤を備えた領主が点在していたことも無視できない理由の一つである。

額田郡南部の最末端にあたる深溝地域は足利氏被官三河大庭氏の支配域であった。支配域には、大庭氏一族が外護した長満寺(額田郡幸田町深溝)を中心とする日蓮宗六条門流が隆盛しており、松平氏も浄土宗も入り込む余地がなかったのであろう。なお深溝地域に浄土宗が入り込むことができるようになったのは、16世紀初頭、松平氏が大庭氏を滅ぼし、深溝を支配地として以降である。深溝松平家の菩提寺の一つとして、1529(享禄2)年、浄土宗鎮西派三光院が建立されている。

さて、大庭氏の勢力範囲との接点に、清海寺や西方寺のような岩津松平氏出身の教然が開いた寺院が位置していることには重要な意味があった。そもそも、寺院が開かれた土地は松平氏の支配地域ではなく、他の豪族の支配地である。岩津松平氏の当主・松平信光(1404~88)が外護者である可能性が高い清海寺や西方寺が建立されたことで、松平氏の影響を広げる前線基地にもなり得たのである。

西方寺と妙心寺

西方寺と妙心寺は、教然を開山とする寺院だが、創建の経緯は異なる。西方寺は清海寺住持であった教然が自身の隠居の庵として建てた寺であった。一方の妙心寺は松平信光が創建し、従兄弟の教然を開山として迎えた寺であった。

妙心寺と西方寺の住持となった教然であるが、死を迎えたのが西方寺であることから、西方寺に重きを置いていたことは明らかである。

西方寺過去帳には、1518(永正15)年の安城松平信忠による26貫の寺領寄進状に対して、「當山は妙心寺の本寺なれとも邊土なれば堂宇建立も便宜あしけれハ當寺をハ閑居の地とし給ふ、是によって閑居の資料に二拾六貫文御墨印を下さる」という記録が残されている。太翁が残した「當山は妙心寺の本寺なれとも」の言葉を考える際に鍵となるのが、妙心寺と西方寺に同時期に建立されたと考えられる、教然の無縫塔墓である。

教然は西方寺で亡くなり荼毘に付され、妙心寺に埋葬されたと伝わる。伝承が真実であるならば、妙心寺墓は本葬墓、西方寺墓は「詣り墓」である。しかし、「當山は妙心寺の本寺」と言い切っている以上、大きな根拠があったと考えざるを得ない。そうなると、西方寺墓への教然の遺骨埋葬とともに、西方寺墓が本葬墓である可能性が浮上してくるのである。

15世紀半ば以降、西三河の中心的な領主は松平氏であり、深草派が松平氏との関係を築くためには教然の存在や事績が不可欠であったと考えられる。教然が剃髪受戒した変相寺は、教然を中心に考えるならば、三河深草教団の始まりの寺、「三河一国深草の根元」である。そして、開章と名付けた地に布教伝道のために教然が創建した西方寺は、変相寺の跡を継ぐべき寺院になるのである。

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