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宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
中外日報社「宗教文化講座」

東日本大震災13年目の支援活動(2/2ページ)

一般社団法人なごみ代表理事 大塚茜氏

2023年4月6日 09時19分

また、西本願寺には、「東日本大震災で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます」という看板が長い期間掲げられていた。それを見た避難者が感動し、「世間の動きにふりまわされている私は、こうしてここに変わらないものがあるということに安心する」と言ったのだった。ずっと昔から連綿と受け継がれたものが変わらずにそこにあるという事実が、時代に翻弄され、存在を認めてもらえない苦しみを和らげた瞬間だった。このことは、宗教者として大事にしなければならない、と学んだ出来事であった。

「自己責任」という言葉の呪縛

いつかの復興大臣が「自主避難者は自己責任だ」と発言し、辞任に追い込まれたことがあった。この時、私は、「自己責任」という言葉の裏に「自業自得」というニュアンスを感じた。「勝手に逃げたんだから、生活が苦しいのも支援が打ち切られるのも当たり前である」という響きがあったのだ。

避難者とともに日々を暮らしていると、その言葉がいかに無理解であるか、と思う。私は、避難者とは、何が本当なのか分からない状況のなか、自分なりに考え、自分の一番大事なものと向き合い、それを守るために決断をした勇敢な人たちであると考えている。もちろん、福島で生きる決断をした人も同様である。どの人も、あの時のあの災害を乗り越えてきた、体験者なのだ。そういう人たちが、傷つき、疲れ、自分の気持ちを抑圧しながら生きている。それを「自己責任(自業自得)」と言うのは、まったく非人道的であると感じた。

しかし考えてみれば、昨今は、この「自業自得」のニュアンスを含む「自己責任」という言葉は、社会全体にまん延しているような気がしている。実は、私たちも、そのパワーワードが襲い掛かってくるかもしれない「今」を生きているのではないだろうか。

さまざまな人生の苦難に直面した時、「なぜ自分が!」と思うものだけれど、誰もが何かの当事者になりえるのだ。それは災害だけではなく、まさに、生老病死の苦しみの当事者であるということに他ならないのではないか。この国は、そういう苦難に直面し、頑張って生きのびようとして、あがいてもがき苦しむ我々を、その言葉で突き放すような社会になってしまうのだろうか。

私はこの12年、世界への信頼や自分の描いていた将来を失う経験をし、傷つき疲れてしまった避難者にたくさん出会った。でも、人は誰にでも、そこから立ち上がる力があると信じている。人が苦しみを超えて立ち上がる瞬間の、震えるほどの感動を私は何度も体験してきたからだ。

うつ状態にあったり、希死念慮があったような人が目の前で回復していく様子を何度も見た。恩返しと言って他の災害のボランティアに行く人、被災の体験を価値に変えて防災活動に目覚めてイベントをすると報告をくれる人、京都で自分の店を持つことにしたと案内をくれる人、離れて暮らす家族と向き合い新しい道を選ぶと晴れやかに笑う人。そのたびに、「人は強いな」と思う。ひょっとしたら、私はその感動に触れたくて活動を続けてきたと言っても過言ではないかもしれない。社会でまん延する「自己責任」という言葉の呪縛にとらわれてはならないと、強く思うのである。

忘れていないと伝えること。気遣うこと

冒頭に記載したアンケートの自由記述欄を見て、私は込み上げる涙を抑えることができなかった。そのほとんどが「11年経過しても続くあたたかいご支援に感謝しております」「本当に助けて頂きました。ありがとうございます」「私にとって、よりどころです。おまもりのように感じています」「なごみのメール便、いつも見ています。私の楽しみの一つです」といったような感謝の言葉であった。

ここから推察されるのは「避難者を気遣う存在があるということ」の重要性である。「日常生活で頻繁に相談事があるわけではなく、すぐに解決できることでもない。東日本大震災の避難者が特別に支援されるという時期も過ぎた。でも、いざという時に相談に乗ってくれるかもしれない、という存在がお守りのようにある」ということが、避難者の精神的な支えになっていると言えるのではないだろうか。

この3月11日で東日本大震災から十三回忌を迎えた。きっと多くの宗教施設で法要が営まれたことだろう。そしてできれば、それをインターネットで発信してほしい。「変わらずにある、忘れないでいる存在があなたのすぐそばに確かにある」「あなたの苦しみを忘れない」と、全国にいる被災者・避難者に届いてほしい。それが、多くの人の生きていく勇気を奮い立たせることになるのではないだろうか。

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