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《部派仏教研究の現状と展開③》日本における倶舎学(2/2ページ)

東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門特任准教授
一色大悟氏

2024年10月10日 09時18分

しかし18世紀に入り、『倶舎論』の玄奘訳と真諦訳の比較、その他の説一切有部文献との照合などが行われるようになると、同書の地位に異なった理解が生まれた。それは、玄奘訳『倶舎論』があくまでも翻訳であって世親の『倶舎論』原典そのものではなく、むしろ原典を知るための一資料にすぎない、とする見方である。この理解は『倶舎論』の「教科書」としての権威を揺るがすだけでなく、翻訳者である玄奘の権威に対する批判とも表裏一体をなしていた。

この理解を押し詰めた代表者である快道林常は、『倶舎論法義』の冒頭において、文献の意味について特権的な地位にあるのはその原著者のみであり、後の注釈者や翻訳者は読者以上の権威を持たないという観念を背景に、「破我別論」の説を立てた。これは、玄奘訳『倶舎論』第九章の「破我品」が本来「破我論」という別文献だったことを、諸文献の比較と批判的読解によって論証しようとする、象徴的な学説である。

そして懐疑の対象は、玄奘訳に留まらなかったようである。玄奘から直接教授を受けたとされる普光の『倶舎論記』に対する信頼も、説一切有部毘婆沙師相伝の阿含経典解釈に関する権威なども、近世後期の倶舎学書中ではときに批判された。この批判とは、著者の意図を知るためには注釈者を飛び越えて原典を読み込まねばならない、という原典主義の発露でもある。

第二に、同じく原典主義の立場から、『倶舎論』が典拠とする阿含経典の真意を追求することで、現存する仏教の起源たる釈迦牟尼仏自身の説に迫ろうという動きも見られた。その代表例が、法幢の著した『倶舎論稽古』である。同書は、一般に知られるように『倶舎論』中の阿含経典の出典を研究した学術書であるだけでなく、「諸行無常」のような原初の仏説を称え、その意義を訴えようとするものであった。つまり法幢は、文献学的精査によって阿含経典を調査したという意味でも、阿含経典に原初の仏説を探したという意味でも「稽古」し(=古を稽え)ようとしたのである。

近世倶舎学から「原始仏教」へ

先に例示した近世倶舎学の成果は、代表例にすぎない。管見の限りでも、アビダルマ文献に関して言えば、世親の所属部派や、『倶舎論』などのアビダルマ文献成立史など、現在の学界に続く問題について漢訳資料を駆使した研究が展開された。また法幢の『倶舎論稽古』は、漢訳阿含経典の所属部派問題に先鞭をつけ、その潮流は江戸期を通じて継続した。その潮流からは、異部派間での阿含経典比較の必要性が痴空慧澄によって指摘されたような、新たな研究の視点が生まれている。今後、数知れない倶舎学書が解読されるならば、近代仏教学における議論の起源がまだまだ発見されてゆくだろう。

最後に、近世倶舎学が「原始仏教」の一枝となったことを、それが近代仏教学に与えた最大の影響として指摘しておきたい。明治期後半の日本では、井上哲次郎を嚆矢として官立アカデミズムへのインド学の本格的移植が開始されると、明治30年代以降には姉崎正治、松本文三郎、高楠順次郎らによってパーリ語原典の読解研究が進められた。そのなかで井上の『釈迦牟尼伝』や姉崎の『根本仏教』といった、欧米に範をとり、釈迦牟尼仏の教説を自らの視点から解釈した成果が生まれている。

しかし西洋近代的な学術が、それ以前の仏教研究に交代したわけではなかった。法幢の「稽古」が含意したように、倶舎学もパーリ経典と対応する漢訳阿含経典を典拠に、仏法の本源を探求する視点を持ち合わせていた。そこで同時期には、村上専精『仏教統一論第一編大綱論』、舟橋水哉『原始仏教史』といった、倶舎学に依拠して原初の仏教を解説する書が刊行された。いわば明治とは二種の原始仏教が併存する時代であった。

とくに村上らが、倶舎学的原始仏教を示した背景は定かでない。ただし先述した法幢や、人無我に尽きていた釈迦仏一代の説法から大乗が顕開した、という仏教観を幕末に示した南条神興(南条文雄の養父)が、いずれも村上等と同じ真宗大谷派に属していたことが関係しているのかもしれない。いずれにせよ、近代日本でこの二種の原始仏教が合流するには、姉崎と高楠に学び、アカデミズムにおける部派仏教研究を確立した木村泰賢が、大正期に新たなるアビダルマ論書として『原始仏教思想論』を著すのをまたねばならなかった。

日本の倶舎学は、アジアに発する学知が現代においてなお継続しているだけでなく、西洋の学知と合流した、希少な例の一つである。その歴史を解明することは、仏教を学ぶことの本質を、さらには人類の知識の変遷を知ることへと通じている。

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