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“世界の記憶”増上寺三大蔵と福田行誡(2/2ページ)

大正大大学院博士後期課程・日本学術振興会特別研究員DC 近藤修正氏

2025年11月28日 14時04分
『縮刷大蔵経』と行誡

1881~85(明治14~18)年にかけて刊行された『縮刷蔵』は近代日本における最初の大蔵経であり、多くの特徴がある。特に行誡が関わるものとして①予約出版形式の導入②三大蔵の使用③高麗版を底本としたこと――が挙げられる。

①予約出版形式の導入:『縮刷蔵』は刊行にあたり、その制作資金を回収するために、購読者が前金納入をする予約出版形式を採用した。これは日本で初めての予約出版形式とされるが、前述の頓挫した『大般若経』出版の際にも予約出版形式を採用していた。つまり行誡の『大般若経』出版の経験が『縮刷蔵』刊行に活かされたといえる。

②三大蔵の使用:『縮刷蔵』の最も大きな特徴はその底本と校本に増上寺三大蔵を用いたことにある。出版にあたって三大蔵を公開したことについて行誡は「我寺、幸に東照宮寄附の三大蔵あり。乃ち蔵規を弛へて此を貸与す(縮刷大蔵経校讐員勧誘文)」と述べている。

三大蔵は家康からの寄進物であることから、特に江戸時代においては取扱いが厳格であったとされるが、当時増上寺住職であった行誡が『縮刷蔵』刊行のために増上寺の規則を緩め、三大蔵を貸し出してその内容を初めて広く公開したということとなる。実際に『縮刷蔵』の発願者である島田蕃根もその回想録(1908年)で「其時に最も嬉しかったのは、増上寺の行誡上人が思ひ切って、弘教書院の為に、増上寺所蔵の三大蔵を貸して呉れたことです」と述べ、行誡による三大蔵の貸し出しの意義の大きさを語っている。大蔵経への強い思いを持つ行誡の尽力が背景となり三大蔵は初めて公開され、『縮刷蔵』の底本・校本として使用された。

③高麗版を底本に:『縮刷蔵』およびそれを引き継いだ『大正蔵』はその底本を三大蔵の高麗版としている。行誡は「大蔵経は宋より元に至るまでの間、凡そ二十有余の版が出来せりと云。但し高麗本が第一に宜し、明本は粗なり(学問の用心)」と様々な種類の大蔵経のうち高麗版が特に優れたものであることを度々述べている。

実際に行誡が『縮刷蔵』校訂・出版の主宰・総轄であったことを踏まえれば、『縮刷蔵』とそれを引き継いだ『大正蔵』の底本が高麗版である要因は行誡による高麗版への高い評価と判断が大きな影響を与えたと考えられる。

時代状況の偶然

『縮刷蔵』刊行という大事業が行われた背景には明治時代当時の仏教を取り巻く環境が大きな影響を与えたことは言うまでもない。行誡は『縮刷蔵』序文で明治政府の政策やキリスト教の流入により仏教が危機的状況にあることを指摘し、この危機的状況に対応するべく刊行を行った旨を述べている。

さらに行誡が増上寺住職に就任したことも時代状況の偶然によるものであった。もちろん行誡の学識と宗内における影響力を考慮すれば、増上寺住職就任は必然であったとも言える一方、行誡は本来大寺院の住職となることを望んでおらず、実際に住職就任を要請されるその度に断りを入れていた。

その行誡が1879(明治12)年に増上寺住職(70世)に就任した大きな理由が、73(明治6)年に火災で焼失した増上寺大殿の再建事業であった。増上寺に起きた大殿焼失という危機的状況に対応するべく行誡は増上寺住職に就任し、資金の勧募のために東北から関西まで巡錫・巡教を行い、その役割を果たした(そして復興の目途がたった86年に増上寺を退任)。もしも大殿復興という状況がなければ、大蔵経に強い思いを持つ行誡の増上寺住職就任もなく、増上寺三大蔵が『縮刷蔵』に使用されることもなかった可能性は大いにありえる。つまり『縮刷蔵』刊行は時代状況における偶然も作用したものと言える。

後世への絶大な影響

『縮刷蔵』序文で行誡は「法は自ら弘まらず、之を弘むること人にあり」と、どれだけ尊い法であってもそれを読んで、広める人がいなければ法は伝わらないことを強調し、その時代を生きる人々の手で仏典を出版して教えを伝える意義を強く説いている。

そして黒田真洞や渡辺海旭ら行誡の影響を受けた人物は『法然上人全集』や『大正新脩大蔵経』の編纂者として、近代以降の仏教叢書出版と仏教研究をリードしていくこととなる。こうして行誡の大蔵経への強い思いは受け継がれ、その功績は近代以降現在に至る仏教界においてはかり知れない影響力を発揮し続けているのである。

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