原発事故から15年 避難者らのいのちの訴え(2月20日付)
東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発の事故から3月で15年だ。残留する超高濃度汚染物質の取り出しなど廃炉の見通しは不透明、当初政府が発出した原子力緊急事態宣言も広大な帰還困難区域が残る中で解除のめどは立たない。そんな中で今なお3万人近くが全国に避難中、そして苦難の生活を長年強いられた避難者たちが各地で国と東電を相手取った損害賠償訴訟を粘り強く続けている。
終わらない原発事故を巡る全国二十数カ所の裁判には宗教者も含めた多くの支援者がいるが、2022年6月に最高裁が四つの上告審で国の責任を否定する判決を出して以来、各地裁など十数件では原告住民の主張を退ける不利な判決の流れが続いており、1月にはまた最高裁で同様の判決が出た。
下級審が最高裁判決を忖度、コピーするなら何のための三審制、司法の独立は?との疑問が当然出てくるが、各訴訟での原告の主張は、原発を推進した国策と事故後もなお再稼働を進める東電の姿勢に対して人権、安全に生きる権利を掲げ、科学技術妄信や経済優先を根底的に批判する重い訴えだ。
大阪地裁での関西訴訟の昨年末の結審では、弁護団が被告の責任を立証した最終弁論に続き、母子で避難した原告代表の主婦の意見陳述が際立った。
放射能被ばくの危険からパニックになって「自主避難」したのでは決してなく、幼い子供が屋外で遊べないような状況で育児も生活もできないので「自力避難」した。「避難するかしないかの選択肢があったのではなく、被ばくし続けるか、それとも嫌なら避難するかという、どちらも選びたくない二つの苦痛を、平穏な生活の場で強制的に選ばされたのです」と。
原告らは一貫して同様の訴えをしてきたが、被告の国・東電側は例えばある尋問の際、市の広報誌に危険だとの記事があったのか、自分で放射線量を測ったのか、避難しない住民もいるなどと、さまつで的外れな質問を繰り返し、まるで「勝手に避難しただけ」と言わんばかりだった。原発がそれほど安全で有益というなら根拠を挙げてそう堂々と論じるのが筋だが、現に大事故を起こしてさすがにそれは無理だったのか。
事故前一緒に暮らした家族と離れ離れにされた主婦は、その重い陳述を「避難してから14年間ずっと考え続けたことです」と明かした。生活の全てを奪う原発事故が一個の人間をこのように強くする。「裁判で問われているのはいのちの尊厳、人権、文明の在り方だ」。傍聴した宗教者はそう指摘した。








