宗教の政治関与 共通善目指し政教分離枠内で(5月15日付)
米国のイラン攻撃、イスラエルのガザ攻撃、イラン攻撃、レバノン攻撃を受け、ローマ教皇が戦争を仕掛ける政治指導者を批判し、それを迎え撃つように米国大統領が教皇を批判するという事態が生じている。一方、トランプ大統領はホワイトハウスでキリスト教福音派の説教者たちの祈りを受けている姿を公表し、ヘグセス戦争長官は軍隊での祈りを重視し、プロテスタントの祈りに優先権を与えているという。
2026年2月末のイラン戦争以来、こうした宗教と政治の密接な関係がこれまでにも増して目立つようになってきている。トランプ大統領が立ち上げた「宗教の自由委員会」は4月13日に最終公聴会を開き、ダン・パトリック委員長は「合衆国憲法には政教分離などというものは存在しない」と総括的な発言を行ったという。
他方、テキサス州の民主党上院議員候補になったジェイムズ・タラリコ氏はキリスト教の信仰を表に出す政治家だが、政教分離の重要性を説いている。ローマ教皇も政教分離を前提に宗教的な立場から、共通善を目指す社会教説に基づく発言をしている。米国の宗教間同盟(インターフェイス・アライアンス)という組織も、政教分離が宗教の自由を守るものだと主張して宗教の自由委員会を批判している。
ホワイトハウスの宗教部門では、「宗教の自由」を主張して旧統一教会を支持している女性説教者がそのトップの地位に就いている。こうした事態は「宗教の自由の武器化」と捉えられ、現代社会の混乱の要因の一つとも捉えられている。
かつてイスラーム主義のテロリズムが恐れられたが、ロシアのウクライナ侵攻、ガザ攻撃やイラン攻撃では、一部のキリスト教やユダヤ教の政治的な影響力が作用していることが懸念されている。宗教が政治を戦争や差別・排除・分断に向けるような動向だ。
他方、宗教的な価値観に基づき、公共善のために宗教が政治に働きかけることはむしろ促進すべきことである。
公共善とは平和と非戦、法と道義にかなった社会、対話による解決、生命の尊重、持続可能な世界、排除ではなく包摂などで、宗教的な価値が求めてきたとともに公共的にも共鳴者を多く得られるものであり、政教分離の枠内での政治関与だ。他方、宗教勢力と政治勢力がそれぞれの個別利益のためや排他的な信念のために協同するのは好ましくない。現代の宗教の自由や政教分離を捉え返す際の要点である。








