青少年育成に50年 「しょうゆ樽」原点
元喝破道場長 野田大燈氏(80)
50年にわたり青少年の育成に尽力してきた。定時制高校を卒業後、鍼灸師を目指しながら医療器具の販売に従事。勤務先の社長が薫陶を受けていた僧侶を駅まで送った際、一緒に酒を飲む約束を交わした。記憶が定かでなかったため翌日に電話すると「4月8日を忘れるな」と告げられた。何の日かと尋ねると「お前が出家する日だろ!」と一喝された。
寺も檀家もなく出家する理由はなかったが、修行から戻ると決意を固めた。「お釈迦様は人々の悩みに耳を傾けた。葬儀や法事をせず、生きる人を相手にした仕事をしよう」。禅道場を開き、人材を育てようと志した。
ただ所持金はなく、あるのは父親が残した山野だけ。そこに廃棄されていたしょうゆ樽を持ち込み、庵として暮らし始めた。週に数回は街へ出て坐禅を組み、道場建設のための寄付を募った。「静かに坐禅をしていると関心を持ってくれる人がいた。金はなかなか集まらないが、突き詰めれば人だ」と笑う。
やがて支援者の子どもで不登校児や非行少年を預かるようになり、公益財団法人「喝破道場」を設立。坐禅や作務などの生活指導で社会復帰を後押しした。子どもの事故死を機に社会福祉法人を立ち上げ、発達障害のある子どもらを支援。今では刑務所からの出所者にも手を差し伸べている。
多くの支援を受け山奥には次々と施設が建設された。その様子から「和尚は3億円事件の犯人では」とのうわさが立ったことも。「私の原点はこの樽にある。(50年の成果は)やろうと思ってできることじゃない。神仏に操られているような感じだ」
(赤坂史人)









