「客観」の意義
SNSが普及し、誰もが気軽に情報を発信できる時代になった。これまではメディアを通して発言していた政治家や芸能人もSNSで「生の声」を伝えるようになった。報道や批評に対して、当事者が瞬時に反応し、自らの言葉で反論や釈明を行う。その速度感は従来のメディア環境とは比較にならない◆政治家が批判的報道に「誤報」「フェイク」「偏向報道」などとSNSで反論する光景も日常化した。客観的な報道でも、当事者がそれを否定すれば、支持者は「本人が言うのだから間違いない」と受け止めがちだ。批判の矛先が報道機関や記者個人に向かい、誹謗中傷に発展することもある◆マタイによる福音書に「兄弟の目のちりは見えるのに、自分の目の梁は見えない」とあるように自己を客観視することは何よりも難しい。とりわけ、自らを正義と信じているときほど、異なる視点を受け入れにくくなる◆「本人の言葉」が圧倒的な力を持ち、報道や批評の影響力は低下した。それでも第三者による報道や批評は、多様な視点の提示を通じて熟議が成り立つ環境を支え、社会の発展を促す力になることを忘れてはいけない◆一方、人々が「生の声」をより信じるようになった背景に、メディアへの不信感があるという事実も無視できない。その現実を踏まえ、メディア自身も報道の在り方を絶えず検証し続ける必要がある。









