「利他的な公共性」構築が急務 宗教の社会貢献の大きな意義
大阪大教授 稲場圭信氏
大阪大の花木伸行教授らの研究チームが、The private solution trap in collective action problems across 34 nationsと題した論文を発表した。世界34カ国から7500人超が参加した大規模な経済実験により、気候変動などの集団行動問題において生じる「私的解決策の罠」の存在を明らかにした。
従来の社会的ジレンマ研究は、公共財への「貢献」か「フリーライド」かの二者択一を前提としてきた。しかし本研究が着目したのは、富裕な者が選ぶことのできる第三の道、すなわち「私的解決」である。気候変動を例にとれば、地球全体の取り組みに協力するのではなく、自分たちの地域だけを洪水から守る堤防を築くといった、他者を排除した自己防衛手段を指す。
実験の結果、富裕な層は、貧困層に比べて約2倍の頻度(約6割対約3割)で私的解決を選択し、公共財への貢献を控える傾向が明らかになった。そして、社会全体のジニ係数は急上昇し、公共財が提供されないまま、私的な防壁を持たない貧困層だけが壊滅的な被害を受けるという深刻な不平等をもたらしたのである。
この利己的な行動傾向は、富の起源が自らの「努力」によるものか「運」によるものかにかかわらず、34カ国すべてで観察された。一度手にした富を守ろうとする自己保存の欲求が、道徳的・倫理的公正さを容易に凌駕してしまうのだ。人間は豊かな資源を得ると、他者との共存(公共的解決)をリスクとみなし、自らの安全のみを確保する排他的な手段へと逃避しやすいという、人間の利己的な本質が浮き彫りになっている。実社会においても、気候変動対策、教育、医療などの多くの領域で、富裕な主体が社会全体の問題解決から離脱し、自らだけを守る手段を講じることで、分断と格差が拡大している。
しかし、この研究は同時に希望の光も提示している。文化的価値観の分析において、「調和」の価値観が公共財の提供と正の相関を持つことが示されている。さらに、文化の違いを超えて公共的解決を成功に導く普遍的な経路として、「早期の貢献」と、他者に合わせて協力する「条件付き協力」の存在が特定された。誰かが最初に身を削って貢献することで集団に信頼の連鎖が生まれ、「他者が協力するなら自分も協力する」互恵的な態度があるのだ。
ここに宗教が現代社会で果たすべき大きな役割と、宗教の社会貢献の意義が見出せる。古来多くの宗教は「利他」や「喜捨」、そして他者との「調和」の精神を説いてきた。これはまさに、人間が陥りがちな「私的解決策の罠」を乗り越え、共同体全体の福利へと向かわせるための文化的な防壁であると言えよう。
「私的解決の罠」を突破するには、個人の防衛本能を超え、他者の生存を自らの存立条件とする「利他的な公共性」の構築が急務である。宗教的利他主義が培ってきた、思いやり、調和の精神、実践は、早期協力を誘発する社会的インフラとして機能しうる。宗教の社会貢献とは、個人の善行にとどまらず、社会全体が自己保身の罠を脱し、社会全体としての解決へと向かうための「利他の触媒」となることなのだ。






